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郷ひろみ 『Plastic generation』

お笑いの内側に潜む音楽

(1981.05.01/CBSソニー/27AH-1235)

1.禁句S 2.パピリオ 3.P-Generation 4.モノクロームGirl 5.10Years After  6.Stardust Hotel 7.Only One is Number One 8.Lonely Dancer 9.お嫁サンバ 10.スターダストメロディー


こんなこというのもなんですけれど、80年代の前半、彼は確実に日本のポップスシーンの音楽的な牽引者であったと思うんですよ。
彼って、郷ひろみですよ。
ということで、今回は割と真面目に郷ひろみについて語ってみたい。

例えば、佐野元春とか、山下達郎とか、南佳孝とか大瀧詠一とかが、70年代後半のフュージョン・クロスオーバーサウンドの時代の後にメジャーシーンに出てくるわけですよね。
そういったいわゆるニューミュージック勢の侵攻を迎え撃つに、いや、歌謡曲にはジュリーとひろみがいるよ、という構図が確実にあったと思うんですよ。
それくらい、二人の作品はこの時期充実していたのですよ。
当時の歌謡曲の先端じゃなかったのかなぁ。と、思う。

ジュリー+新御三家の面々は、この時期、セールスから見ると簡単いえば、たのきんに追いやられて右肩下がりの時代なんだけど、いやいや、作品を見てみるとそんなことない。
ジュリーは70年代から座り続けた歌謡曲の王座を下りることなく「TOKIO」で80年代にシームレスにシフトし、そのまんま、『G.S I love you』、『ストリッパー』、『ミスキャスト』『女たちよ』『ノンポリシー』と事務所独立の『架空のオペラ』まで傑作が続く。
でもってひろみはそのジュリーの座り続けた王座への唯一の挑戦権を獲得した実力者だったと思うのですよ。
やたら真剣に歌いすぎて沈んでしまった野口五郎、「YOUNG MAN」の偶然のヒットの影響で無理に健全たろうとして停滞してしまった西城秀樹を抜き去り、唯一沢田研二に肉薄する存在であった、それが80年代前半のひろみだったと思うのですね。
セールス的には男性アイドルは俊ちゃん+マッチの時代だったのかもしれないけれど、ジュリーとひろみの二人のアルバムと比べるとまるで子供と大人なのである、悪いけれど。
この時期、正直いってたのきんでは歌謡曲代表選手として他の陣営の侵攻を食い止めるには力不足なのですよ。―――彼らのことが嫌いってわけでないけれどね。ここはジュリー・ひろみのツートップで踏ん張ってもらわないと、って感じでしょうか。
80年代男性歌謡曲歌手に関してはそういう印象を私は持っているのです。

ということで、そんな郷ひろみのアルバムの話。
70年代は良くも悪くも新御三家内での相克、つまりは3人の団子状態で音が作られていたって感じのひろみなんだけれども、そこから1歩突き抜ける、 そのきっかけは、多分、筒美京平からの卒業ってのがまずあったと思うのですよね。
もちろん、筒美先生は多分、ボーカリストとしてのひろみの魅力をこの世で一番知っていた作曲家であったと思うし、今でも彼の音楽の基本的な部分というのは筒美カラーであると、思う。
が、ひろみが更に大きな歌手として成長するためには、最大の理解者の一人であり、師である筒美先生から卒業するというのいつか来る必然であり、実際、ひろみの成長はまさしく筒美京平楽曲からの卒業から始まっているように私には見えるのです。

歴史の流れからいうと、デビュー曲「男の子女の子」から一貫して筒美京平の楽曲提供を受けていたひろみは、77年の「お化けのロック」(作曲/宇崎竜童)のヒットを契機に少しずつ筒美京平サウンドからの脱却を図っていく。そして78年の全作曲筒美京平によるアルバム『アポロンの恋人』を最後にひろみは筒美京平学校を完全卒業する――以後、ひろみの筒美京平作曲のシングルは83年の「美貌の都」のみ。
でもって次アルバム『Lookin' For Tomorrow』は珍しくB面全てを洋楽のカバーという構成とした―――ひろみはビリージョエルの「honesty」とかを歌っている。このアルバムはタイトル通り筒美京平サウンド卒業後のひろみの明日を探す試行錯誤のアルバムといえるだろう。
ひろみに70年代後半、筒美京平が与えた路線というのは洋楽フレイバーに溢れた和製ディスコ歌謡なのだが、その延長として洋楽のカバーという選択をひろみはしたわけですね。
でもって、その流れのまま79年、ひろみはニューヨークに乗り込み、24丁目バンドの全面サポートによるアルバム『Super Drive』を制作する。
ここでひろみサウンドは完成。筒美京平が与えたものをここで完全に自分のものにし、そして、さらに自分のテイストへと強化/深化した、というのが、私の強引なひろみ史の解釈です。
以後は横綱相撲。『Magic』『How many いい顔』と、とんとんとひろみ和製ディスコ歌謡で攻めていく。そしてその完成形として生まれたのが『Plastic generation』『アスファルト・ヒーロー』の2枚のアルバムだと私は思います。

ということでタイトルの『Plastic generation』。 この時期のジュリーとひろみに共通していえることは「表層の美学」というものであると思う。
内面とか本質ではない、全ては「見た目/上っ面のパワー」だとする思想。
そして、これは60〜70年代のアンチテーゼとして開かれた80年代の時代思想そのものであったといえるでしょう―――これが結果バブルを呼び込んだわけですが。
そしてジュリーがコスプレ小道具七変化で演出し、表層で勝負しつつも、どこか苦々しい孤独で不機嫌な横顔がちらついていたのと対照的にひろみはいわゆるモンスターのようであったのです。
彼は、本当になぁ――んも考えていなさそう、内面なんてこれっぽっちもなさそう、ぎらぎらの上っ面をめくってみるとなんにもない、本当に何もない真空の闇があるようなそんな不気味さがあったのです。
そういった頭のねじがちょっと緩んだ感じ、底抜けの能天気さ、素で脳内麻薬でまくり、無駄なハイテンションがこのアルバムにも全体に漂っています。
簡単に言えば、このアルバム、笑わずにはいられないのです。
まずジャケット。


      ←これなんだから。


でもって、歌も爆笑の嵐。
別にコメディーソングを歌っているわけではない。普通の歌ををひろみ的ないつものテンションで歌っているだけなんだけれど、ひろみが歌うというだけでなぜか笑えてしまうのです。
特に、歌詞の英語の部分の破壊力というのがものすごい。

「禁句S」のラストの「Honey, Can you believe me ?」の台詞―――CMの「きゃらだにいいこと、してる?」の感じに似ている、に始まり、「モノクロームガール」のサビの唐突な「ゲッゲッゲッゲッゲ」、「Only one is number one」の無駄に早口のサビの「Only one is number one」の連呼。
そしてアルバム9曲目、一番盛り上がるところで決定打の「お嫁サンバ」が流れる。これはあまりにも有名なのでなにも言及する必要がないでしょう。
別にひろみは笑わせるつもりは毛頭ないのである。いたって真面目なのである。だが、彼が真面目にかっこいいと思っていることをやればやるほど笑えてしまうのである。
このどうやっても拭いきれない陽性はほとんど三波春夫状態でしょう―――もちろん、三波春夫のように意図的でない分ひろみの方がホンモノである、なんのホンモノであるかは知らないが。

と、まぁこんな感じでめいっぱい笑えるんだけれども、笑いの後でじっくり歌を聞いてみると、「あれ、音楽的にはかなり上質なんじゃない!?」という驚きがあるのです。
これが凄い。
笑いで誤魔化されそうになるけれど音は実に骨太で、そのレベルに舌を巻くのがこの時期のひろみのアルバムなのです。
笑いの後で感心したり、陶酔したりする、まさしくエンターテイナーという言葉か良く似合う、一筋縄ではいかない手練なのですよ。
「10 YEARS AFTER」のバラードの良さ、「Stardust hotel」のギャグ無しの直球の疾走感などは実力派の証といってもいいでしょう。―――しかしこの2つの曲、やたら聞き覚えがあるなぁ、なんかのCMとかで使われてました??

作家陣は林哲司、小田裕一郎、三浦徳子、島武実、数曲の作曲と全アレンジを萩田光雄が担当している、音楽的に部分は彼がプロデュースしていると言っていいだろう。
ちなみにタイトルの「プラスチック」は当時熱狂的ひろみファンの近田春夫氏がひろみの声を「プラスチック」と評した、それを頂いたんだろうなぁ、百恵ちゃんの時もそうだけれど、プロデューサーの酒井政利さんはこういう外部の意見や声を案外すんなり入れていくなぁ。

ここであまりちゃんと紹介しないけれども次作の『アスファルト・ヒーロー』もこの作品とテイストはほとんど同じな名盤。プロデュースは井上鑑。
平岡正明氏が絶賛したシングル「哀愁ヒーロー」が収録されております。私のお気に入りは、「恋愛特許」「口紅嫉妬」「存分Lady」。

このアルバム以後は『哀愁のカサブランカ』『愛の神話』『テーラードソング』とカバーとバラードを追求。また坂本龍一をプロデューサーに迎えた意欲盤『比呂魅卿の犯罪』を制作したりもする―――これはひろみの歴史の中でいえば継子であるが名盤。
そして『アリューション』からはセルフプロデュースを敢行、『LOVE OF FINELY』では全曲自作曲で歌詞は英詩というアルバムをリリースするに到る。
私がひろみを本気で魅力的な歌手としてみるのはこの時期までかなぁ。

二谷友里恵との結婚→紐育での生活→帰国、以後は彼の特性であった人工的なプラスチックボイスが妙に丸くなってしまったせいか、いまいち私の心には響かない。
特に「GOLD FINGER'99」以降の、「笑われているひろみ」から「笑わせているひろみ」への転換以後はほとんど興味がないのです。
あなたは他人が面白いと思わせることをやるんでなく、自分がかっこいいと思ったことをそのままやるべきなんだってば、あなたのかっこいいと思っていることの傍から見た時の面白さってのは半端ないんだからさぁ。
という愚痴はまぁ、いいや。


2004.02.20


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