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西炯子 単発小レビュー集


◆ 「STAY ラブリー 少年 (1)」
◆ 「STAY ラブリー 少年 (2)」
◆ 「STAY ネクスト 夏休み カッパと」
◆ 今の西炯子の良さ



cover ◆ 「STAY ラブリー 少年 (1)」 (05.02/小学館)
 「お手々つないで」の続き。佐藤敦士と山王みちるのお二人さんの鹿児島でのあれやこれや。
 前作の「双子座の女」も悪くはなかったけれども、結局アレってホモとおコゲさんの話といったらそれまでという感じで(―――「刈川って何者」という部分が説明できていたら名作になっていたと思う)、個人的にはちょっと微妙だったけれども、比べてやっぱこっちは面白い。
 今の西炯子が怖いのは、佐藤敦士のようなどう見てもカッコ悪くてケッタイで童貞臭い、しかしリアリティーだけはてんこもりの「思春期の少年」そのものが描けちゃうことだと思う。少女漫画には「作者にとっての理想的男性像」てのが必ずどっかに出てきてしまうものがほとんどだけれども、彼女の作品にはあんまりそれを感じないんだよなぁ。 石に齧りついても受験勉強、でもその合間にちょっとオナニー、って結局一晩で何回もイタしてそっちメインになっちゃったり、エロ小説図書館で借りて勝手に恥ずかしがったり、今回登場のみちるの幼馴染、上温湯渚の知らないみちるの話を聞いて勝手に優越感感じたり、ああ、男って馬鹿だなぁ、と思うことしきり。
 こうした視線はもちろん女性側にも注がれていて、大して親しくない子と『流行っていたから』という理由で交換日記をしたり、『せっかくだから』という理由で特に意味なく男と同じ服を買ったり、と、こちらもまた「だから女って生き物はわかんねぇんだよ」とおもわず詠嘆してしまう。
 それにしても佐藤敦士が着々とドロップアウトの路へ進んでいるようで見てみて楽しい。レールの上を走る電車のごとく決まった道筋で人生辿ることができるなど、はっきりいって若人の奢り。裁判官なんかなるななるな。ぬははは。もっといっぱい傷ついて、もっといっぱい失敗しろ。とちょっと年上の読者から意地悪な一言を贈りたい。
(記・2005.03.10)


cover ◆ 「STAY ラブリー 少年 (2)」 (05.07/小学館)
 佐藤敦士と山王みちるの物語のオーラス、なのか?
 やっぱりこのSTAYシリーズは良くって、今回も大変おいしゅうございましたが、話の落としどころが、うーん、なんというか、結局ふたりはよくある男女になってしまったかな、と思ったりもしたりして。や、面白いんですよ、たしかに。西炯子センセは、淡々として茫漠とした「名づけられることのない青春」ってのを短編マンガにして切り取るのがやたら上手い作家で、このSTAYシリーズもこういった地点からスタートして、で、図らずも、佐藤・山王の物語が西センセにとってはそこそこの長編になったわけだけれども、やっぱり西炯子センセは、長編は短編に比べると得意ではないのかな、と思った。フツーの彼氏・彼女になる前のうだうだ感から先ってのが、案外描けないタイプなのかも。
 ここまで来たなら、もっと大河にしたっていいんでないのかなぁ?てゆーか、わたしは佐藤君の青春の蹉跌を私はもっと見たい。高3まででなくさ、受験に失敗したり、演劇に本気になって変な劇団立ちあげたり、売れない童話を書いたり、親と大喧嘩したり、そういう佐藤君が見たいぞ、と。写真家目指して高校退学する井上みたいに、佐藤君のその後の荒波もみたいぞ。と。色んな挫折を味あわせて、で、一方の山王は佐藤くんとすれ違ったり、よりそったり、って感じで。ここで終わりだと人生の荒波を引っかぶる直前で終わった、って感じで、ちょいものたりない。こっから先はセンセは書きたくないのかなぁ……。
(記・2005.10.10)


cover ◆ 西炯子「STAYネクスト 夏休み カッパと」  (06.06/小学館)
 ザッツ・リリカル。もうそれだけでいいかと。どれだけ淡いんだ西炯子。そんな言葉を送りたい。フツーに西炯子ファンには大納得の1冊。いつもやっていること同じやん。といわれればそれまでだけれども、こーゆー世界はそれはそれで大切です。ホモを抜いても結局彼女はやおい作家なんだよな。うん。
(記・2006.11.16)


cover ◆ 今の西炯子の良さ
 西炯子の近作をまとめて読む。「亀の鳴く声」「電波の男よ」「放課後の国」「ひらひらひゅーん」。
 西さん、確実に一ランク上に行ったなぁ。あらゆるJUNE出身の作家で一番面白いが彼女なのかもしれない。
 いま彼女は、描く事で生身をガンガン晒している。
 私が凄いなぁと思うのは、それはかつての彼女自身なのだろうけれども、腐女子のみっともない部分どうしようもない間抜けな部分も赤裸々に描写していること。
 男性経験はおろかまともな友達ひとつ作れやしないくせに(――だからか)、ノートパソコンにはびっしりと自作のエロ小説で埋まっている女子高生・川本(「妄想の国語」)であるとか、 作風を真似るのは得意だが、自分の世界を持っていない漫画家志望のアシスタント(「亀の鳴く声」)であるとか、嫉妬と劣等感から、同じ部活の同級生とその友人のホモ妄想話で盛りあがる子など、 少女漫画ではほとんどタブーといってもいい、ドメスティックな腐女子描写を描きながら、それらは決してイタくない。 ただの自虐ではなく、冷静に客観的に、かつ愛情とほんの少しのジョークをまじえて語っている。その視線は、あくまでやさしいのだ。
 もちろんそのやさしさは女性にだけでなく男性にも向けられる。
 好きな女の子の架空の日記をつけている高校男子やら、中三の頃にアマチュア無線で話した女の子をまだ想っている――というかそれくらいしか女性とまともに話したことないダメなリーマンとか。 そういう不器用でキモい、しかし心根のやさしい愛すべきオタクたちを、うんうんわかるわかる、と、彼女はやさしく抱擁するのだ。
 この愛は、ホンモノだと思う。
 JUNEの魂を持ちながら、それだけではない力強さがある。JUNEだった頃を通り過ぎた作家の一番理想的な深化が、今の彼女じゃないのかな。
(記・2009.02.22)
09.02.22 編纂
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