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安田成美 『安田成美』

天下無敵のロリータ・ボイス

(1984.04.25/徳間ジャパン/TKCA-30486)

1.風の谷のナウシカ 2.蝶をちぎった少女 3.Sueはおちゃめなパン屋さん 4.星屑たちのクルージング 5.風の妖精 6.水のナイフ 7.寂しい優しさ 8.トロピカル・ミステリー 9.月のミューズ 10.風の刺青


宮崎駿は声優の声を「娼婦の声」と断じて、自作に一般俳優を使うようになったという噂を聞いたことがある。 ま、正直この話には素人を使った赤系映画の系譜ってのも感じられるんだけど、彼をナボコフの末裔と勝手に思いこんでいる私としては納得いってしまったりもするわけですよ。
ほら、だって、声優の声って違うじゃん。 いわゆるさ、ロリータチックなアイドル声優的な声ってあるでしょ。 よく、香ばしい深夜アニメとか、エロに足が半分入っているようなOVAとかでロリっぽく狙った声出している人とかいるでしょ。 本物志向の私と致しましては、あれのどこがロリータ声なのよ、と、思うわけよ。

こんな声に萌えているお前たちにロリータを名乗る資格などなーーーーいっっ。と。 全然ナボコフの気持ちがわかってない。 そんな汚れた足で神聖なロリータの世界を汚しおって。 と怒りにも似た気持ちにさえなってしまう。

だってさーーーー。ああいった声って、清純っぽく無垢っぽいフリをして、男を誘っている声じゃん。 誘っているっつったら、ひどいいい方かもしらんが、自分が他人から見てかわいい存在であるということを知っている人の声でしょ。 太田裕美の回でもいったけど、「少女とは、自己の肉体が男性のフェティッシュな欲望の対象たり得ることに無自覚である存在」なんだから、それは、違うと、小生は思うんだよなぁ。 その声は大人の女の声とは言わんが、少なくともナボコフの末裔が望む少女の声ではないでしょ。 それは強いて言うなら、商売としての、ロリータ。 つまり、イメクラ。
いやさ、イメクラでもいいんだ、むしろイメクラのほうがいいんだ、といわれてしまえばそれまでだけどさぁ。 とにかくそういう人は自分をロリータただとかいってほしくないわけよ。 ナボコフ先生に謝れ、と。 ロリータの道がそんなにたやすいと思うな、と。



あーーー、なんか激しく話がずれているなーーーー。 つまり、安田成美の歌声はロリータボイスとして完璧だという話なんですよ。唐突に話をはじめちゃう。

安田成美の歌って聞いたことあります?
え、「風の谷のナウシカ」は聴いたことがある?
すっごい声だなぁって思いませんでした?
ピッチシフト、パンチイン・アウトの嵐でもフォローのしようのない見事なまでの音痴っぷりの彼方にあるサムシングを感じ取ってしまったというなら、あなたは同士です。 一緒に奈落に落ちましょう。 もし、あなたが安田成美の全シングルとアルバムを持っているというのならあなたは神です。 「サマー・プリンセス」をダビングさせてください。

どうして、安田成美を聞く羽目になったか。 そうとう前の話なので(10年以上前だ)忘れたが、確か、アイドル歌謡もののムックの安田成美の紹介文で「猛烈な音痴だが、その歌声はドラッグのような習慣性があってハマったものは帰ることができない」 みたいなことが書かれていて、「ほう、どんなもんだい」と思っていたら、偶然レンタルCDショップに「安田成美全曲集」が奇跡のようにあったので借りてみて、という流れだったかなぁ。
いや、本当、そのテキストのおっしゃる通り安田成美の歌はドラッグですよ。ヤバイ。やばすぎです。

どの辺がロリータボイスなのかってのは、ほんと、聴いてもらうのが一番なんだけど、 もし敢えて言うとしたら、安田成美の声ってシマリがないのよ。 きちんと口をあけてないというか。だらしがなくだらっと唇が半開きっぽいのが、もう、声だけでイメージできてしまうという。
ほら、子供って口元がだらしないでしょ。しゃべってもふにゃふにゃ何言っているのかよくわからないし、物たべさせてもぼろぼろこぼすし、ほっとくと口角から涎だーーって出すし、 ああっ、もう、汚いッッ。とかってティッシュで子供の口許を拭いたことのひとつやふたつ、子供の世話した人なら誰だってあるでしょ。 で、「汚いッ」とかいいながら、そんな子供がかわいかったりするわけじゃない。 ああいう声なのよ、安田成美の声って――相変わらず誉めていないなぁ。
しかしですなぁ、これこそ、ホンモノのピュア。穢れなき子供って感じじゃあないですかっっ、(と強調)。 早瀬優香子と並ぶロリータボイスですよ、彼女。



一応今回はP-VINEで復刻もしたし、一番手に入りやすいファーストアルバム『安田成美』を紹介するけど、あなたが趣味人であるというなら、ベスト盤でもなんでもひとまず、聞いて欲しいな。

で、そのファーストアルバム。 シングル「風の谷のナウシカ」と「トロピカル・ミステリー」のA/B面を含む全10曲で、プロデュースは高橋幸宏。 とゆうことで、完全にYMO、ムーンライダース人脈祭という豪華な作品になってます。 幸宏のアルバム「薔薇色の明日」に近い音作りかな。 幸宏のストンとしたシンセドラムが鳴りまくりです。 この作家陣だけでも聞く価値というのは充分あると思いますよ。

作品はシングルモノが松本隆-細野晴臣、松本隆-大村雅朗のライン。アルバム用作品は一曲だけ鈴木博文-鈴木慶一の「Sueはおちゃめなパン屋さん」があって、ほかは全て、売野雅勇-高橋幸宏の作品となっていて、 もちろん全ていいんだけど、個人的にはこの売野雅勇-高橋幸宏ラインの作品がいいのよ。 「蝶をちぎった少女」「星屑達のクルージング」「寂しい優しさ」「水のナイフ」……。
テクノ・ポップで一番何が好きなのかっていえば、もしかしたらシンセ・ドラムなのかもしらん、という私なのでやっぱりYMOで言えば幸宏が一番好きなわけで、それがプロデュースしているだけで充分なのだが、そこに売野雅勇がまたいつものようにパワー全開なのよ。 もう、上智の英文科卒でサリンジャーやヘミングウェイに憧れたまさしく「売野雅勇」という仕事っぷりです。 チェッカーズや荻野目洋子あたりに書きまくっていたラインのいわゆる「古きよきアメリカ」路線で攻めまくっております。
Non Stop  クルマを連ね 今夜だけは朝まで走るの
絆を確かめるように 昔の話をしたがるよ
ガラスのピアスをアスファルトに 窓からそろって投げたわ

(作詞 売野雅勇/作曲 高橋幸宏 「星屑達のクルージング」)

ていうか、このフレーズはそのまんま荻野目洋子の「湾岸太陽族」だよね。
「湾岸太陽族」はちなみに「寂しがりやの子は/昔話したがるね/他に絆確かめる方法(みち)/知らなくて」となっております。

「蝶をちぎった少女」はタイトルからヘッセの「少年の日の思い出」(国語の教科書に載ってた奴。少年が出来心から蛾の標本を盗み、後悔して返そうとしたけれども蛾は壊れていたという小話)を想起させます。
指先に夢の断片(かけら)を 集めて星に 変える少年(あなた)に 見とれていたわ
金色の蝶が 夜空に 散らしたラメが あなたの瞳 光宿した
むせるような夏草の頃 胸の奥で 二人 くちづけをしてた

(作詞 売野雅勇/作曲 高橋幸宏 「蝶をちぎった少女」)

こうした歌を思い込みもなんもなく淡々とロリボイスで安田成美は歌うわけですよ。 そりゃナウシカ・ガールに選ばれるっちゅうはなしですよ。 彼女の歌声ならば王蟲の暴走も止められます。
もし、ナウシカの「無垢過ぎるほどゆえの献身」を声にするとしたら、これしかありえません、絶対。 ……って、なんで、映画のラストでこの主題歌流れなかったんだ。

……。

……まあ、難しいことを考えるのはやめ。 小幡洋子の「もしも空を飛べたら」に比べたらヒットもしたんだし、オッケー、オッケー。



ちなみに彼女はもう1枚アルバムを出しています。 『Ginger』(88)というアルバムで、プロデュースはこれまた豪華に大貫妙子。 歌は、ちょっと上手くなってしまっていて、というか、大貫妙子そっくりのウィスパー・ボイス。 大貫のガイドボーカルがかすかに聞こえるほどで、ものすごい矯正っぷりなんですが、 そのせいで、ロリータとは程遠い声となってしまいましたのがちょっと残念かな、と。

ただ、大貫をはじめかしぶち哲郎、小林武史などによる和製フレンチポップス・アルバムとしては秀作。 セルジュ・ゲンズブール作品のカバーなんかもしちゃって、加藤和彦による高岡早紀作品のような高貴さが漂っています。 佇いは違いますが、大貫ファン、和製フレンチマニアならこちらも是非。

2003.02.22

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