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さくさくレビュー 中島みゆき


ポップスを歌っている歌手の中で中島みゆきほど評論されてきた歌手もいないんじゃないかなぁ。 ユーミンや陽水も結構語られがちな歌手だけれどもみゆきと比べたら、その量は歴然の違いがある。 「中島みゆき」をテーマにした評論本・研究本は私が知っているだけで10数冊あるし、またネットのファンサイトでも中島ファンは語る語る。 そういった人を惹きつける感度が中島みゆきの歌にはあるのだろうな。

彼女に関してはもう充分すぎるほど語られているし、むしろこれ以上彼女の存在に接着した解釈をするのは彼女にとって可哀相かなという気がしたので、私はそういう暑苦しい真似を彼女に関してはしてこなかった。 しかし、ちょっと軽くまとめないとそろそろ忘れてしまうかな、という感じなので自分のためにまとめてみる。 ということで、ここには特に「中島みゆき」という存在に対して新しい解釈や感想はないだろうということをいい訳として書いておく。

ちなみに個人的ベスト楽曲を年代別で5曲選ぶとしたらこれ。わたしはこんな中島みゆきリスナー。

・70年代
 「この空を飛べたら」 「忘れられるものならば」 「元気ですか」 「流浪の詩」 「狼になりたい」

・80年代
 「白鳥の歌が聞こえる」 「エレーン」 「ノスタルジア」 「夜曲」 「やまねこ」

・90年代
 「二隻の舟」 「生きていくお前」 「Pain」 「あどけない話」 「誕生」




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 私の声が聞こえますか  (76.04.25/10位/15.5万枚)

1.あぶな坂 2.あたしのやさしい人 3.信じられない頃に 4.ボギーボビーの赤いバラ 5.海よ 6.アザミ嬢のララバイ 7.踊り明かそう 8.ひとり遊び 9.悲しいことはいつもある 10.歌をあなたに 11.渚便り 12.時代 (Album Ver.)
隠喩の不気味な「あぶな坂」(――「眼をくらませる」の部分で演歌バリに気張るのが既にみゆき節)が冒頭を飾るデビューアルバムだが、中島みゆきいわく「気がついたら、オケも全部出来ていて歌わされるままに歌った」アルバムなんだそうで。 朴訥とした作品が目立つが、なかにはっとする部分がある。とはいえまだまだ自己演出の部分は少ない。彼女の原風景を見るには1番ちょうどいい作品いえる。ひとりの北海道の少女の心象風景が垣間見える。5点。


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 みんな去ってしまった  (76.10.25/23位/10.1万枚)

1.雨が空を捨てる日は 2.彼女の生き方 3.トラックに乗せて 4.流浪の詩 5.真直な線 6.五才の頃 7.冬を待つ季節 8.夜風の中から 9.03時 10.うそつきが好きよ 11.妬いてる訳じゃないけれど 12.忘れられるものならば
北海道の広大な原野がまるでアメリカの中西部の原野のように見える時がある。かつて石炭や林業で栄え今はうらびれた北海道の田舎町は、さながらゴールドラッシュで湧き立ち今は潮が引くように人気が失せたアメリカの片田舎である。 カントリー調の楽曲に、つらいとか、悲しいとか、そういうことは雨降りみたいなものよ、と気ままな流浪を続ける彼女の横顔が見える。 「彼女の生き方」「流浪の詩」「忘れられるものならば」など、シリアスなものを引き受けながらも、どこかノンシャランと解放されている姿は今も変わらない。 それにしてもデビューからしばらくの彼女はほとんど「フォークの浅川マキ」という感じで山崎ハコとの差異があまり感じられない。7点。


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 あ・り・が・と・う  (77.06.25/6位/21.1万枚)

1.遍路 2.店の名はライフ 3.まつりばやし 4.女なんてものに 5.朝焼け 6.ホームにて 7.勝手にしやがれ 8.サーチライト 9.時は流れて
アルバム制作にきちんと参加するようになったのはここからであり、また彼女の作り出す歌世界の虚構性が強くなっていくのもここから。 学生運動の時代の空気を歌いながら最後に時の残酷な移り変わりを描き、聞き手を異化させる「店の名はライフ」、末期の眼で人生を俯瞰するような「遍路」、往年の上野駅界隈を想起させる「ホームにて」、「サーチライト」や「時を流れて」などはこれからしばらくの彼女の典型である「フラレ歌」の世界。これは次作でより強力なところへ行きつく。 このアルバムにはスタジオミュージシャン時代の坂本龍一がキーボードで参加しているのだが、そこでのエピソード。「スタジオに入ったら、どこかから泣き声が聞こえてきて、誰が泣いているんだろうと探したら、ブースのなかで歌を歌っている中島みゆきだった」7点。


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 愛してると云ってくれ  (78.04.10/2位/41.7万枚)

1.「元気ですか」 2.怜子 3.わかれうた 4.海鳴り 5.化粧 6.ミルク32 7.あほう鳥 8.お前の家 9.世情
他人から「愛しているといってくれ」なんて迫られたら、ちょっと絶句してしまう。そんな普通のテンションの人からしたら慄いてしまう情念の塊のようなアルバム。電話での会話をモノローグ調で追いかける「元気ですか」から怨霊の雄叫びのような「怜子」の一声はあまりにも有名。 真実めいていながらそこにグロテスクな誇張がかかっているのは太宰治の私小説のよう。エンターテイメントとしての私小説だから、聞きながらボロボロっと泣いて、レコードが終わった途端「ああっ気持ちよかった」と気軽に現実復帰出来るところが強味だったりする。 そういった意味では非常な手練。このバランスは狙いと偶然の産物のギリギリのラインに立っているように見える。「化粧」の歌唱などはまさしくそう、虚実皮膜のダイナミズム。9点。


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 親愛なる者へ  (79.03.21/1位/32.7万枚)

1.裸足で走れ 2.タクシードライバー 3.泥海の中から 4.信じ難いもの 5.根雪(ねゆき) 6.片想 7.ダイヤル117 8.小石のように 9.狼になりたい 10.断崖-親愛なる者へ-
前作の続きのようなアルバム。真実めいたグロテスクな心情の吐露の世界。「電話を切らないで」と切れ切れに歌いながらもタイトルから彼女の電話を掛けている先を知りリスナーは戦慄する「ダイヤル117」、当時隆盛だったフェミニズム啓蒙の暗部を告発するかのような「裸足で走れ」、宗教的啓示すら感じる「泥海の中から」、「タクシードライバー」「小石のように」あたりはドラマ作りの巧みさと幅広さにに舌を巻く。 とはいえこのアルバムは「狼になりたい」のクオリティーに完全ノックアウト。「ビールはまだかぁ」の部分はあまりにもすごすぎる。ここがより強化されて「夜会」へと結びつくといえる。 セゾン系になる前の昔の「吉野家」って小汚くってしみったれてたんだよねぇ、といわれても俺はしらんッッ。とはいえこの歌を聞くとそうだったのか、とその空気が実感できる。それにしても「何とかしようと思っていたのに こんな日に限って朝は早い」。この言葉、わかるわぁ〜〜。 ちなみにこの歌に触発されたユーミンがみゆきが「吉野家」なら私は「ミスド」よ、と作ったのが「影になって」。8点。


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 おかえりなさい  (79.11.21/2位/53.3万枚)

1.あばよ 2.髪 3.サヨナラを伝えて 4.しあわせ芝居 5.雨… 6.この空を飛べたら 7.世迷い言 8.ルージュ 9.追いかけてヨコハマ 10.強がりはよせヨ
作家としても一定のキャリアを持つ彼女の初の提供曲セルフカバーアルバム。 元々が他者への歌ということもあるのか、歌との間に距離があり、歌謡曲としてすんなり耳に入るものが多い。 この頃のいつもの自己にぐぐっと没入した世界ではなく、客観性が前に出ている。「雨…」「ルージュ」「世迷い言」など、素直にいい歌だなと思うものが多い。 そのなかで「しあわせ芝居」「この空を飛べたら」などこの時期には珍しい鈴木茂のアレンジが光っている。特にフォルクローレパートを追加した「この空を飛べたら」はお登紀さんを凌駕しているぞ。末期の眼で空への憧憬を歌っていて、恐ろしくもあり美しくもある。8点。


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 生きていてもいいですか  (80.04.05/1位/32.9万枚)

1.うらみ・ます 2.泣きたい夜に 3.キツネ狩りの歌 4.蕎麦屋 5.船を出すのなら九月 6.―無題― 7.エレーン 8.異国
「愛しているといってくれ」の世界から続いた世界を追求しすぎてついに一線を踏みこえてしまったアルバム。タイトルからして既に致死量ギリギリ。「うらみ・ます」は山崎ハコの「呪い」とおなじくほとんどギャグの領域にいってしまった。悲劇を演じれば演じるほど俯瞰の位置で見ると滑稽以外の何者でもない、その悲惨さを知っているからこそ敢えてそこに飛び込むという逆説的な悲劇のヒロイン像がここにある。 このアルバムを聞いて泣けるか笑えるかで彼女の対してのスタンスの違いが分かれる。ともあれB面の暗黒っぷりは、一聴すべき。死霊の彷徨のような世界。「エレーン」〜「異国」は最凶コンボ。お願いだから成仏しておくれよぅ。ここまでやりきった彼女の怪演ぷりに乾杯。9点。


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 臨月  (81.03.05/1位/59.5万枚)

1.あした天気になれ 2.あなたが海を見ているうちに 3.あわせ鏡 4.ひとり上手 5.雪 6.バス通り 7.友情 8.成人世代 9.夜曲
「生きていてもいいですか」はさすがにやりすぎたと反省したのか、「臨月」はポップス寄りのとても聞きやすい初心者お薦めのアルバムになった。ジャケット写真の自然体がこの作品を象徴している。アレンジャーも松任谷正隆、星勝、萩田光雄などのメジャー布陣。とはいえ安易なニューミュージックにならないのが彼女。 聴きやすくなった分だけ言葉のとげとげしさが目立つ、ともいえるわけで。「あした天気になれ」や「あわせ鏡」や「友情」などを聞くと、やっぱりこの人救われてないなぁ、としみじみ。ラスト「夜曲」でようやく癒される。8点。


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 寒水魚  (82.03.21/1位/77.3万枚)

1.悪女 (Album Ver.) 2.傾斜 3.鳥になって 4.捨てるほどの愛でいいから 5.B.G.M. 6.家出 7.時刻表 8.砂の船 9.歌姫
なんとはなしに冷え冷えとしたイメージのある1枚。タイトルとジャケット写真からの喚起だろうか。 ほとんどが青木望の弦楽オーケストレーションをバックにしているが、ここでの彼女の歌はほとんど演歌にきこえてくる。松任谷正隆アレンジの「BGM」のようなさりげない作品のほうが私は好きかなぁ……。なんかやたら大袈裟に聞こえるのよ、青木望さんのアレンジは。正味の話。 ちなみに「悪女」の大ヒットによって、このアルバムはオリコンの年間チャートの1位に輝いているが、このアルバム収録の「悪女」はアレンジ(担当は後藤次利)と歌唱を大きく変えてとても面白い。シングル盤の「悪女」と聞き比べると、彼女の歌う女優魂がはっきりと見えてくる。役者だよなあ、ホント。6点。


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 予感  (83.03.05/1位/46.9万枚)

1.この世に二人だけ 2.夏土産 3.髪を洗う女 4.ばいばいどくおぶざべい 5.誰のせいでもない雨が 6.緑 7.テキーラを飲みほして 8.金魚 9.ファイト!
アルバムの作りが1枚毎にバタバタしだしてきたなあと思ってきたところに、今回は自身でアレンジまで担当しだす。が、これはちょっと勇み足だったかな。 いたなさが新鮮さに感じるビギナーズ・ラックなアレンジで、アレンジはこの1枚で止めて正解ですな。 それにしてもボレロのように少しずつ音が重なってゆくこの「ファイト !」のアレンジは秀逸。はじめは小さな小川のせせらぎがひとつずつ集まって大河となり、そして最後は大海へと注ぎ込まれる、そんな印象を与える。 もちろん楽曲としてもすぐれていて、「ご乱心期」以降中島みゆきのメッセージ性がより強固になっていくのはこの曲の成功があってこそだと思う。7点。
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 はじめまして  (84.10.24/1位/29.7万枚)

1.僕は青い鳥 2.幸福論 3.ひとり (Album Ver.) 4.生まれた時から 5.彼女によろしく 6.不良 7.シニカル・ムーン 8.春までなんぼ 9.僕たちの将来 10.はじめまして
とうとうご乱心時代に突入。先行して行なわれたツアー「明日を撃て」の成果を受け、いままで水面下で進行していた「サウンド強化」が明確に全面に表れたアルバムをリリースすることになる。 の、だ、が。今の耳で聞くと、結構ギターの音がペラッとしてしてフォークにもロックにも行けず中途半端に聞こえたりも。 「彼女によろしく」とか「ひとり」、「僕は青い鳥」のようないつものサウンドの作品のほうがよく聞こえる。 ともあれ不安の種が徐々に育っていくような印象のある「シニカルムーン」から「僕たちの将来」までの流れは秀逸。「1984」の予感である。ラスト「はじめまして」で唐突に解放されるのはよくわからないが。6点。


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 御色直し  (85.04.17/1位/33.8万枚)

1.ひとりぼっちで踊らせて 2.すずめ 3.最愛 4.さよならの鐘 5.海と宝石 6.カム・フラージュ 7.煙草 8.美貌の都 9.かもめはかもめ
ご乱心はより一層のところへ向かっていく。二度目の提供曲のセルフカバーアルバムだが、今回はセンチメンタルシティロマンス、クリスタルキング、甲斐よしひろ、後藤次利、クニ河内にそれぞれサウンドプロデュースを依頼。 このアルバムは歌いなおしで提供した楽曲を自分のものにするという意味合いよりも、今後のサウンドの方向決定のための実験の場として既存の素材を使って遊んでみたという感じが強い。 今の耳で聞くと、加藤登紀子のブレーンであるセンチメンタルシティロマンスの告井延隆のアレンジが1番危なげなく聞こえるが、更なるサウンド強化を図る中島みゆきは甲斐よしひろ、後藤次利に目星をつける。8点。


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 Miss.M  (85.11.07/1位/23.2万枚)

1.極楽通りへいらっしゃい 2.あしたバーボンハウスで 3.熱病 4.それ以上言わないで 5.孤独の肖像 (Album Ver.) 6.月の赤ん坊 7.忘れてはいけない 8.ショウ・タイム 9.ノスタルジア 10.肩に降る雨
後藤次利の強力なバックアップによるアルバム。ただの女の恨み言ではない、今までにない強固な世界観を感じる。よりシニックに客観性と虚構性をもって語られる言葉は悪意すらも感じられるほど力強く、そして華やかですらある。 彼女が作家としてより一段上に登ったことを実感できる。「愛しているといってくれ」でフォーク歌手として成功を収め以降、様々な局面で試行錯誤を繰り返していた彼女であるが、ここである一定の成果を得たといってもいいだろう。ギラギラして黒光りして、あらゆる光を飲みこむ強力な磁場を持っている。 特に「極楽通りにいらっしゃい」から「あしたバーボンハウスで」の流れはしどけなく妖艶で最高。デビュー10年の確信を感じる1枚。9点。


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 36.5℃  (86.11.12/2位/23.7万枚)

1.あたいの夏休み (Album Ver.) 2.最悪 3.F.O. 4.毒をんな 5.シーサイド・コーポラス (Short Ver.) 6.やまねこ 7.HALF 8.見返り美人 (Album Ver.) 9.白鳥の歌が聴こえる
ご乱心ここに極まれり。プロデュースは甲斐よしひろ。ミキサーにラリー・アレキサンダー。レコーデイングはニューヨークはパワーステーション。 アレンジャーは後藤次利、船山基紀、萩田光雄、椎名和夫、久石譲と超一流どころのものすごい面子で、一大アレンジャー大会の様相を呈している。このデータだけでどれだけの盤かというのは想像つくが、 想像に違わぬ名盤。攻撃的で妖しく、シニックで情念に溢れ、冷徹でほの暗いエロティシズムを放っている。 ラストを飾る「白鳥の歌が聞こえる」は寒気がくるほど。命の灯火の消えかけたひとりの女が夜の海のブイの向こうにゆらめく彼岸を静かに臨みている。 他、輪廻の恋を歌って悲劇な「HALF」(―――松任谷由実の「REINCARNATION」や谷山浩子の「再会」との聞き比べを薦める)、壮絶な女の半生を壮絶なボーカルで歌いたおした「やまねこ」(―――中森明菜にはこちらを渡したほうがよかったんじゃないの?)、日本の小市民的生活とその裏にひそむ階級制をさらりと告発した「あたいの夏休み」、裏社会に生きる女の業の深い恋を歌った「毒をんな」、男の側から恋にかける女の鬱陶しさを描いた「最悪」「F.O.」など強烈な楽曲が並ぶ。 ご乱心時代は詞にも実に大きな変化があるように見える。意識的にわかりやすいいつもの「フラレ歌」の世界を避け、詞の虚構性を強め、より客観的で普遍的な物語を紡ごうと努力しているように見える。非情で硬質、ハードボイルドタッチなものが目立つ。10点。


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 「中島みゆき」  (88.03.16/3位/16.5万枚)

1.湾岸24時 2.御機嫌如何 3.土用波 4.泥は降りしきる 5.ミュージシャン 6.黄色い犬 7.仮面 8.クレンジングクリーム 9.ローリング
アレンジャーは前作から椎名和夫、久石譲をピックアップ。前作の系譜で作られたのであろうが、前作よりもいくぶん鋭いところが丸くなっているように見える。 前作、前々作のようなギリギリのスリルはなく、余裕をもって歌を構築しているように見える。安定感は感じるがそれが少々物足りなくも感じたりして。 シニックなメッセージを裏に秘めた「黄色い犬」「クレンジングクリーム」や、フラレ歌歌いの本領発揮の「泥は降りしきる」の演劇性もものすごいが、 「ミュージシャン」や「ローリング」「仮面」のようなわかりやすい同世代へ向けた応援歌が最後に耳に残る。このアルバムをもって「ご乱心時代」の終了。7点。


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 グッバイガール  (88.11.16/1位/13.7万枚)

1.野ウサギのように 2.ふらふら 3.MEGAMI 4.気にしないで 5.十二月 6.たとえ世界が空から落ちても 7.愛よりも 8.涙 -Made in tears- 9.吹雪
この時期のユーミンと彼女はとにかく歌のストーリーの組み立て方が圧倒的に上手い。 「ご乱心」時代を通りすぎたこの頃の中島みゆきはデビューからしばらくのように自分を切り売りして粉飾しているような直感で作ったストーリーという感じはなく、実に丁寧にフィクションを練り上げている感じがある。 それはまるで舞台の一幕や短編小説のよう。 このアルバムは「ふらふら」「十二月」「涙」「野ウサギのように」など、久々に婉曲的な女のフラレ歌の世界がメインに据えられているが、それは実に緻密に物語が練り上げられていて、好き嫌いを別にして思わず感心してしまう。 「気にしないで」のラスト「まぁ いいじゃないの」には思わず舌を巻く。「吹雪」の預言めいた語り口も実に巧み。 ちなみにここから現在に至るまでずっと瀬尾一三との共同制作になる。 しかしご乱心期を通りすぎた彼女のアルバムタイトルが「グッバイガール」とは……。つまり「ご乱心」時代ってはただの少女の反抗期ってことなのか?8点。


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 回帰熱  (89.11.15/2位/20.9万枚)

1.黄砂に吹かれて 2.肩幅の未来 3.あり,か 4.群衆 5.ロンリー カナリア 6.くらやみ乙女 7.儀式(セレモニー) 8.未完成 9.春なのに
アイドルへの楽曲提供を定期的に行なっている彼女だが、こうして歌いなおすのを聞くと、それなりにキャラクターにあわせて作っているのだな、という事に気づく。 「春なのに」「肩幅の未来」「未完成」など、作家としてもそれなりにがんばっているんだな、と素直に感心する。その分このアルバムに関しては中島みゆきがこれを歌うのかぁと思ったりも。 やっぱり自分の地の出せる歌手への提供がやはり1番のようですね。このなかで工藤静香へのみ以後も提供を続けるその理由がわかる。 アレンジと歌唱はほどよく安定していて可もなく不可もなくというところ。ちなみに「黄砂に吹かれて」は一部歌詞とメロデイーを変えて歌っている。7点。


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 夜を往け  (90.06.13/3位/17.0万枚)

1.夜を往け 2.ふたつの炎 3.3分後に捨ててもいい 4.あした (Album Ver.) 5.新曾根崎心中 6.君の昔を 7.遠雷 8.ふたりは 9.北の国の習い 10.with
「これからの夜は中島みゆきに任せなさい」リリース時のインタビューでこんなことを言っていた。実際このアルバムは夜露の冷たさと闇の妖しさの感じる佳盤である。しっとり程よくこちらに染み渡ってくる。 力強いビートで疾走するタイトル曲「夜を往け」にはじまり、「しんで」の脚韻が「死んで」と響くように巧妙に作られた「新・曽根崎心中」、エロティックな不倫の一景を描いて見事な「遠雷」(―――今剛のギタープレイも印象的)、聞き手の首をを真綿でギリギリと締めるように「妬んでいる」を連呼する「君の昔を」、北国の生まれの女性の薄情を諧謔的に描いた「北の国の習い」、「36.5℃」の世界の延長ともいえるクールで妖しげな「3分後に捨ててもいい」、 「夜会」の演劇性を象徴するような「ふたりは」、ラストを飾る静かなメッセージソングの「with」など、一つ一つの楽曲の粒が立っていて安定感は抜群。「これぞ中島みゆき」といいたくなる。 とはいえこのアルバム以降、彼女の夜の匂いを感じる作品は加速度的に少なくなっていく。9点。


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 歌でしか言えない  (91.10.23/4位/19.6万枚)

1.C.Q. 2.おだやかな時代 3.トーキョー迷子 4.Maybe 5.渚へ 6.永久欠番 7.笑ってよエンジェル 8.た・わ・わ 9.サッポロSNOWY 10.南三条 11.炎と水
全11曲ながら収録時間70分オーバーと長大曲がずらりとならぶが、大曲ばかりという感じはなく正直冗長という印象は否めない。「Maybe」「南三条」など「夜会」の影響であろう演劇性が上手い具合に噛み合った楽曲は良いが、それ以外は意匠倒れが目立つ。 「C.Q」は声の演出が過剰でちょっと引いてしまうし、感動の名作になるはずの「永久欠番」はサビの「永久欠番」の部分が飛躍しすぎで消化不良に聞こえる。ゴスペル風コーラスが大胆にフィーチャーされた「おだやかな時代」も悪くはないが、これはちょっと長すぎやしないか。 「炎と水」は男女を象徴として歌ったものだが、淡々としている分だけ真に迫ってくる。これはいい。タイトルからして既に力み過ぎな作品。5点。


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 EAST ASIA  (92.10.07/2位/35.5万枚)

1.EAST ASIA 2.やばい恋 3.浅い眠り 4.萩野原 5.誕生 6.此処じゃない何処かへ 7.妹じゃあるまいし 8.ニ隻の舟 9.糸
セールスと作品のクオリティーというのはあまり相関関係がないものだが、「浅い眠り」大ヒットによる久しぶりの好セールスとなった今作は、90年代の中島みゆきの決定打のアルバムといえるんじゃないかな。 89年以来続けてきた「夜会」の成果がこの作品に大きく現れているのかもしれない。 「EAST ASIA」「誕生」「二隻の舟」「糸」といった彼女のキャリアの集成ともいえる超重量級の名曲が各所に散らばりながらも、その間を埋める「やばい恋」「萩野原」「此処じゃない何処かへ」などの小さな歌も程よく決まり、アルバム全体に絶妙なうねりがあって何回聞いても飽きない。 無条件で感動できます。このアルバムで泣かないといったら嘘だよ。中島みゆきのマストといったらこれで決まりでしょう。最高傑作といっても過言でない。このアルバムは聞かないと損だよ。 それにしても「誕生」、「二隻の舟」「糸」あたりは偉大過ぎる。もはや彼女の歌うべきテーマは「生」そのものという高次で普遍的なところまで行きついてしまっている。10点。


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 時代  (93.10.21/4位/26.4万枚)

1.時代(New Arrenge Ver.) 2.風の姿 3.ローリング 4.あどけない話 5.夢みる勇気(ちから) 6.あたし時々おもうの 7.流浪(さすらい)の詩(うた) 8.雨月の使者 9.慟哭 10.孤独の肖像 1st. 11.かもめの歌
「回帰熱」以来のセルフカバーアルバム。今回は提供曲と自身で歌った曲を半々。彼女のスタンダードとなった「時代」や工藤静香のヒット曲「慟哭」などを収録。 「孤独の肖像 1st」の世界観の違いに驚いたりもするが、全体的に見て、前作の極みから軽くクールダウンして余力で作ったような作品に見える。 その中で、吉田日出子へ提供した「あどけない話」、パトリシア・カースへ提供した「かもめの歌」がダントツにいい。彼女のこういった歌は実にゆるぎなく大きく、聞き手の煩悩を浄化し、抱擁する力がある。7点。


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 Love or Nothng  (94.10.21/1位/36.4万枚)

1.空と君のあいだに (Album Ver.) 2.もう桟橋に灯りは点らない 3.バラ色の未来 4.ひまわり“SUNWARD” 5.アンテナの街 6.てんびん秤 7.流星 8.夢だったんだね 9.風にならないか 10.YOU NEVER NEED ME 11.眠らないで
デビューから永らく連綿たる女の恨み言を重ねていた彼女であるが、そんな怨念が気がついたらほろっと取れていた。そのことを痛感する作品。 かつての色恋における救われない情念の世界を再現しようと試みているが、以前のようには成功しない。 このアルバムの白眉である「You never need me」は壮大な報われない愛の歌だが、彼女の歌う姿はゆるぎなく、既に性愛のこまごまとした世界を超越していて、かつての痛々しさはそこにはない。 オーケストレーションの壮麗さと言葉の説得力に感動こそするが、なんとなく「解脱しきった人が今だ救われぬ衆生に向けて歌っている歌」という感じがする。 「ひまわりsunward」などの性愛の関係ない世界を歌ったメッセージソングのほうが掴みが強く聞こえる。6点。


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 10WINGS  (95.10.21/8位/21.9万枚)

1.二隻の舟 2.思い出させてあげる 3.泣かないでアマテラス 4.Maybe 5.ふたりは 6.DIAMOND CAGE 7.I love him 8.子守歌 9.生きてゆくおまえ 10.人待ち歌
「夜会」vol.1〜6のオリジナル楽曲を収録した作品。しかし、アレンジ面では不満が多し。「夜会」時のアレンジに近いほうがいいなぁ、と思うものばかり。 世良公則とのデュエットの「ふたりは」はトゥーマッチだし、「二隻の舟」も新たなアレンジの必要はなさげ。「泣かないでアマテラス」や「I love him」は「夜会」時の感動を再現できないアレンジで残念過ぎる。 ちょっと音の舵取りをミスってるんじゃないの? とはいえクライマックスを飾る10分を越える大曲「生きていくお前」には参った。感動しすぎる。この1曲だけで意味があるアルバムといえる。「生きていくお前」で+2点で、7点。


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 パラダイス・カフェ  (96.10.18/7位/20.1万枚)

1.旅人のうた(2nd Version) 2.伝説 3.永遠の嘘をついてくれ 4.ALONE,PLEASE 5.それは愛ではない 6.なつかない猫 7.SINGLES BAR 8.蒼い時代 9.たかが愛 10.阿檀の木の下で 11.パラダイス・カフェ
なあんか、妙に歌い方が体育会系っぽくなってません?声に力こぶが見えるというか。 雄雄しく仁王立ちする中島みゆきのボーカルで「それは愛ではない」なんて一喝されちゃうとごめんなさぁーいと尻尾を巻いて逃げ出したくなる。「Love or Nothng」の続編のようなアルバムで開放的で陽性の楽曲が並ぶが、 「Love or Nothng」と同じくどうにもいまいち入りこめない。上手いなぁ、と思うことはしきりであるが、不思議と心にはいっていかない。やはり「もうあがっちゃた人の歌」という感じ。 それにしても「歌でしかいえない」以降、L.Aでのレコーディングを富みに行なっているが、L.Aの乾いた空気感って中島みゆきには似合わないように思えるんだけれどなぁ。UKとか、アメリカでも東海岸の湿った空気の方があっているように思えるけれども……。 ともあれ太平洋戦争を歌ったと思われる「阿檀の樹の下で」は泣ける。今後はこっちの方向なのかなあ。6点。


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 私の子供になりなさい  (98.03.18/11位/10.3万枚)

1.わたしの子供になりなさい 2.下町の上、山の手の下 3.命の別名 4.清流 5.私たちは春の中で 6.愛情物語 7.You don’t know 8.木曜の夜 9.紅灯の海 10.4.2.3.
タイトルがすげえよなぁ。「私の子供になりなさい」って、いやむしろさせてください。マジで。慈母の言葉のようにも、SMの女王の言葉のようにも聞こえる。 色恋の世界から解脱した中島センセは「母親」の位置へ行くわけね、と納得。このあたりは加藤登紀子的かもしれない。 しかし、自己に渦巻く不条理がこれまでの彼女の創作の根本だったわけで、それがここまで他人事で理攻めっぽくなると、ちょっとさだまさしの世界なんじゃないの?と思ったり。 さだよりもハードな世界観を持っている分、受け入れやすいけれども……。とはいえ「何かの足しにもなれずに生きて 何にもなれずに消えていく 僕がいることを喜ぶ人が どこかにいて欲しい」(「命の別名」)とか 「狙うのは私だけでいい おびき寄せて遠ざかるわ」(「愛情物語」)なんてお言葉もらっちゃうとおとなしくおし抱いちゃうわけですが。 ほとんど報道ドキュメントな「4.2.3.」といい、やたらめったら強くなったボーカルといい、いつのまにか、今までとは違うどこか明後日の方向に向かいはじめている事に気づく。7点。




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 I love you,答えてくれ  (07.10.03/第4位/万枚)

1. 本日、未熟者 2. 顔のない街の中で 3. 惜しみなく愛の言葉を 4. 一期一会 5. サバイバル・ロード 6. Nobody Is Right 7. アイス・フィッシュ 8. ボディ・トーク 9. 背広の下のロックンロール 10. 昔から雨が降ってくる 11. I Love You, 答えてくれ
 ―――と、「私の子供になりなさい」までざっと流したのだけれども、その後、「ボロクソに云ってもいいので今の中島みゆきに関するテキストを書いてください」という意見をいただいた。ま、まるでわたしが中島みゆきのファンじゃないみたいじゃないか。――というわけで、現在最新盤で、一番好きな最近の彼女のアルバムであるのこれを紹介。07年発売。35枚目のオリジナルアルバム。
 一聴「中島みゆきにちんこが生えていても、俺はべつに驚かないぞ」思わず叫んでしまった。それほどに男気のある、非常に骨っぽいアルバム。愛の荒野をひとり雄雄しく歩みつづける旅人・中島みゆきのたどりついたひとつの境地がここにある。
 ストレートで、愛のしたたる、力強い言葉たちが、次々と彼女から放射され、そのたびわたしの心を射抜く。身のうちに眠る欺瞞を弱さを抉る。
 わたしは、歌いたいんだ、伝えたいんだ、愛したいんだ、与えたいんだ。他に何もありゃしない。なにも見返りなんていらない、受け取ってくれればそれでいいんだ。ただそれだけなんだ。すべての歌が、そういっていた。ここにある、シンプルな言葉、シンプルな愛、しかしそれはなんて困難なものなのだうか。それほどに人は臆病で弱い。
 今、彼女はとても強い。それは、借り物の頑強な鎧で護った強さではない。数限りない闘いの末に身についたはがねの霊肉の強さである。無防備ともいえるほどに自らを晒しつづけた末に身につけた本物の強さである。だから彼女は強くもあり、一方で途方もなくやさしく、暖かい。
 彼女は偽りのない本当の心で歌っている。だからこちらも本当の心で答えるしかない。「I love you,答えてくれ」と絶唱する彼女に、聞き手であるわたしは覚悟を決めてうなづく。
 矢つき、刀折れても、彼女はそれでもとめどなく愛しつづけるだろう。みゆき、お前ってのはつくづく馬鹿な奴だね。でもそんなお前が俺は大好きだよ。
 名盤。必聴。9点。
(記・08.08.30)

2005.01.08
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