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徹底比較「山口百恵 対 中森明菜」

(山口百恵/「伝説から神話へ」/ソニー・ミュージックハウス/MHBL-2)
(中森明菜/「AKINA EAST LIVE」/ワーナーミュージック・ジャパン/WPBL-90015)


正月一発目であるので、ここはめでたく企画モノで飾りたい。
今回は徹底比較「山口百恵 対 中森明菜」と大きくぶち上げてみようと思う。

といっても楽曲や売上げ、キャラクターなどの比較ではない。
ちょうどいいビデオがここに2タイトルあるので、それを連続してみて、その感想をつれづれなるままに書こうというただそれだけの怠けモノ企画である。

山口百恵は「伝説から神話へ」。1980年10月5日、武道館でのラストコンサートのビデオである。
一方中森明菜は「AKINA EAST LIVE」1989年4月30日、よみうりランドイーストでのコンサートのビデオである。
共にデビュー八年目であること、コンサートのセットリストがベストセレクション的であること、―――明菜はリリースした「スローモーション」から「LIAR」までの全シングル23曲の歌唱、百恵は18曲のシングルプラス中間総括アルバム『曼珠沙華』『百恵白書』からの楽曲に、引退を視野に入れた楽曲「This is my trial」「不死鳥伝説」「イントロダクション・春」といった布陣でどちらもその時点でのベストの選曲である。
また、このコンサート以後百恵は結婚引退、明菜は恋人の家での自殺未遂と、対照的な恋の終わりを演じ、ということで、以降の明菜と百恵を比べることはお互いにとってアンフェアであるので、ここが見比べ、聞き比べとしてはベストということで選んでみた―――っても百恵の映像作品これしかないんだもん。



ということで、まず山口百恵から。
オープニングは谷村新司の「This is my trial」でしめやかに始まったと思ったら、次は「横須賀サンセット・サンライズ」「I came from 横須賀」と横須賀尽くしで一気に加速、その勢いのまま、「プレイバック」「絶体絶命」「イミテーションゴールド」「愛の嵐」「夢先案内人」「横須賀ストーリー」と宇崎歌謡ロックで一気に攻めたてる。
横須賀に始まって横須賀に終わるこの部分がとにかく、ものすごい。
鉄壁のような一万の聴衆を相手に連打を繰り出すボクサーのようであり、一万の聴衆を力だのみで無理やり引張る超馬力の蒸気機関車のようであり、とにかくひたすらパワーで押し捲る押し捲る。
そしてそんな力で押し捲っている彼女自体は、まるで山のように決して動じない。
多分、百恵にとって聴衆とは得体のしれない敵であり、歌を歌うというのはその得体のしれない敵相手の勝負の場である、と思っていたのではなかろうか。
そう思えるほど、彼女は殺気立っている。
心を許しているような、余裕のそぶりを客相手に見せたりもするがその実、彼女には一部の隙もない。
曲間のMCも台本通りといった感じで、決して安易に自分を出したりなどしてつまらない馬脚はあらわさない。あくまで客と対峙するという姿勢は崩さないのだ。
下手に近づこうものなら瞬殺されるであろうことは間違いない。まさしく斬人斬馬の勢いである。
圧倒的なパワーの連打でもってぶちのめし、前後不覚となった瞬間に聴衆の心まるごともぎ取るが彼女の歌唱スタイルといえるだろう。ほとんど格闘技である。

と、怒涛の第1部があけると次は「ひと夏の経験」から「としごろ」まで千家ー都倉作品をとんとんと歌う。
ここでようやく武装解除。しかし、この部分がコンサート中、一番退屈。
百恵という歌手は自分にとって似つかわしくない歌を歌う時、途端にお仕事的に歌うようになる。
こんな歌いやだといいたげなふてたような歌い方は絶対しない――そのへんの武装はさすがに解かないのだ、が、上っ面でさらっと、カラオケ的に流して歌う。
あぁ、デビュー時より随分歌がうまくなったものだな、と長年のファンは思うのだろうが、それだけである。

第3部、「ロックンロール・ウィドウ」からは引退コンサート的な楽曲が並ぶ。
「曼珠沙華」の絶唱、「イントロダクション・春」から「不死鳥伝説」の力強さというのは普通の引退・解散コンサートではなかなか味わえないだろう。
この掴みの深さが百恵なのだろうな。
そしてかの有名なシーン、「さよならの向こう側」歌唱後、彼女は白いマイクを視線の前に持ってきて、かっと一瞬見つめて後、それを舞台を置き、コンサートは終わる。

全体としてはとても引退コンサートとは思えない力強さを感じた。さすがに最後は百恵の涙で締めくくられたのだが、それよりも印象的な前半の力強い歌唱であった。
「百恵のデモンストレーション」という言葉が思い浮かんだ。
このコンサートは、決してこなかった「歌手・山口百恵の今後」のデモンストレーションだったのではなかろうか。
もし、彼女が歌いつづける選択を選んだなら、80年代の音楽業界は今とは大きく違ったものになることは確かだろう。
そう実感できるほど、彼女の精気は満ち満ちていた。
果たして彼女がいたなら、松田聖子、中森明菜の時代はきたのだろうか、と。
少なくとも、百恵引退で中に浮いた年間数億円とも言われるCBSソニーの巨額の宣伝費がそのまま松田聖子のプロモーションに投下されたという事実、また百恵幻想のなかで初期の中森明菜の人気が形作られたと言う事実、これだけを鑑みても彼女の引退の影響力というのは計り知れない。
つまりは、彼女の引退がビックバンとなって、80年代のアイドル全盛時代がやってくるのといえまいか。



と、興奮した状態のまま中森明菜のビデオへとバトンタッチする。
明菜のオープニングは「TATTOO」、続いて「Desire」とひとまず出だしはアッパーなナンバーで客席に投網を投げかける。
掴みはオッケーという感じだ。
そして、「Fin」以降「ミ・アモーレ」までの前半は85年以降の作品を中心に歌唱。
ここで網に引っかかった客をぞろぞろと明菜は引き上げる。

百恵がパワーで聴衆を圧倒するタイプとだというのなら、明菜はもっと巧妙である。
押し引きのバランスで聴衆を一本釣りする歌唱である。
客席へ投網を投げて、機を読み、最高の瞬間で一気に引き上げる。
舞台上に散漫する聴衆の意識を一点に引き寄せるかのように纏めあげ、もうこれ以上はないだろうというほどにまでその聴衆の感覚の全てが自分に集中した緊張の頂点で彼女は、爆発する。聴衆はその一瞬で釣り上げられてしまうのだ。
―――小さく歌って、聴く者の耳が小さいレンジの方に合わせたところで、二転三転の爆発をする。
これが平岡正明氏のいう明菜の歌唱法であるが、この歌唱スタイルはそのまま舞台での彼女の姿といえるだろう。

具体的にというならば、こういった所である。
「ジプシークイーン」。「夢見る女 一人眠る夜は 夢を探す女が 一人 目をさます」の歌唱時の明菜の表情に注目。
目を閉じ、眠りに就いていた明菜はゆっくりと瞳をあげ、恐る恐るあたりに視線をめぐらのだが、すぐ次の瞬間には落胆と諦めの色を瞳に滲ませる――完全に歌の世界を演じているこの一瞬の表情で、もってかれてしまうのだ。
緊張の中の、わずか数秒のワンフレーズのなのだが、その数秒が神がかっているのである。
歌に憑依しきったまさしく『歌姫』である。

後半は「飾りじゃないのよ涙は」以前のもの中心で「歌謡ロック部門」「バラード部門」「その他」といった分け方で流れる。
ちなみにコンサートと、ライブ盤では「バラード」〜「歌謡ロック」〜「その他」という流れであったが、ビデオ作品ではテレコになっていて、2部オープニングの「バラード部門」の「難破船」が一部ラストに、その他の「バラード」はアンコール後に入っている。

明菜の大きな魅力のひとつである振り付けであるが、リリース当時の振り付けを恥ずかしそうにしながらも忠実にこなしているのも好感がもてる。
「少女A」の間奏のマイクをぶんぶん振りまわす振りを笑いながらこなしたり、「禁区」歌唱後にまっと笑ったり、「1/2の神話」の間奏でカメラに向かって一瞬おどけたり、「十戒」のド頭の振り―――おもいっきり足を蹴上げる、をミニスカのままやってしまって「やべっ」とばかりに舌を出して頭をはたいたり、など、照れながらも完璧なのである。
そして、そんな明菜の姿はどこか清瀬での少女時代を彷彿とさせるものがある。
お正月に家族の前で箸をマイク代わりに歌ったり、放課後、箒をマイク代わりにクラスメートと一緒に歌ったりした明菜の姿が垣間見えるのだ。
歌が好きで仕方なかった一少女、明菜の姿が。
もはや自分の歌でなくなってしまった過去の歌とどういった距離を取るか。その姿勢の違いは百恵の第2部の千家−都倉メドレーと比べると顕著である。

ラストは新曲「Liar」とそのカップリング「Blue on Pink」で終わる。
が、その前に短いMCが入るのだが、それがまた可愛らしい。
出てきてすぐ、風の悪戯で明菜のスカートがまくれあがってしまう。
その場に座りこんで客席に向かって「見たな――ッッ!!」
その後も「ちゃんと(見せても大丈夫なものを下に)穿いてるんだよぉ」、「折角すまして出てきたのにぃー―」と、まるで友達相手のようなトークを明菜はする。
これらの自然体のトークも百恵のMCと比べると全く逆のベクトルであって興味深い。




今の時点でいうのはちょっとずるいような気がするが、こういったMCの違い、過去の楽曲へのスタンスの違い、根本的な舞台での立ち様というのは そのまま、歌いやめてしまった者と歌いつづけている者の違いのような気がする。
明菜の方が「歌」そのものと「自己」との距離が近いような気がするのだ。
歌うということと自分というものの位置がものすごく身近なのである。

別に百恵が「ただアイドル的にお仕事として歌っていただけだ」といいいたいわけでは決してない。
だが、百恵の演者としての本質というのは第一義としてまず「闘争」があり、その上で「歌での自己表現」が成り立っているような気がするのだ。
その「闘争」というのは、まず基本として「貧しさ」であるとか「不幸な家庭」からの脱却であろうし、芸能界に入ってからはその相手は卑猥な歌を歌わせる無理解な「所属事務所」や「レコード会社」、意図的につけられた偽りの仮面をもてはやす周囲のマスコミやファン達であったろう。
そういったシステムの中で疎外しきった不幸な少女が戦いに勝つために掴んだ自己表現、それが彼女の歌なのではなかろうか。
であるから、闘争の上での勝利を勝ち得、「豊かで幸福な普通の家庭」を手に入れた彼女に歌という表現は要らなかったのかもしれない。
(―――だから、彼女が復帰することは百のうち一つもないと思うし、もしまた歌うとしても彼女が歌うべき歌はないと私は思う)

と、考えてみると、百恵が歌手以外にも様々なフィールドで芸能活動を行ってきたこと。また、彼女がデビュー以前から愛していた歌手であるとか、そういった話題をすることもあまりなく、つまりは、音楽家として大切な「幼い頃に体験した音楽に対する個人的な感動の蓄積」というものが極めて少ないということに気づく。

この部分を明菜で見てみると、まず彼女はデビューからこの時期までほとんど歌以外の活動をしていない。ドラマ・映画といったものもほとんどといっていいほどないし、バラエティー番組やインタビューなどといった軽いモノもアイドルとして見るとダントツで少なかった―――この姿勢は今でもほとんど変わっていない。
(―――であるから、アイドルによくあるCMやドラマなどのタイアップによるヒット曲というのを明菜はまったくといっていいほど持っていない。)
アイドルにして珍しいほど歌一本で勝負していたのが明菜であった。
そして、彼女がデビュー以前から色々な音楽を聞いていて、興味を持っていたということ、これはファンのあいだでは有名な話である。
中学時代にユーミンの「流線型'80」のジャケットを美術の授業で模写したこと。高中正義の武道館のコンサートに行ったら舞台の人が豆粒みたいで面白くなかったこと―――この時の経験から明菜は大バコでコンサートをしないのだろうな。山口百恵が「スター誕生」のオーディションを受けた時、「桜田淳子の真似みたいで良くないね」と家族で言いあった事。岩崎宏美の歌を歌の練習で良く歌っていたこと。「尊敬する人は矢沢永吉とユーミンです」と高校受験の面接時に言って落ちてしまったこと。等など。
(―――そういった幼い頃に得た音楽的な感動の蓄積がアルバム『歌姫』を生んだわけである。)
と、考えると明菜の方が「歌」という存在そのものに対して距離が近く感じるのも当然といえるだろう。

しかし、当の明菜自身は「歌手になったのはお金のため」「私は歌がなくても生きていける」等としれっとしている。
持っているものを全部歌にぶつけているから自然と「この子から歌を取ったらなにもないな」というふうに見えるのかもしれないですけれど、歌以外の8割9割の自分がいるからこそ 「歌が全てだよ」と見せられているのかもしれませんね。

(「Queens' Pal vol.3」 1993年10月発行 より)


うーーーん、明菜さん。
確かに歌う自分ってのは生活の中でホンのちょっとかもしれないでしょうけれど、そのホンのちょっとの「歌」という表現手段は自分の中にある全てをぶつけて表現できるわけでしょ。
それって、いわゆる天職なんじゃないのかなぁ。
普通のひとは、どんなジャンルでも、自分の中に眠る全てをぶつけて表現しようと思っても決してできないんですよ。
それが出来るってことはつまりはその人はそのジャンルの天才であって、それが「歌」というジャンルできるあなたはだから『歌姫』ってファンにいわれているのですよ。
もう、天然なんだから、明菜様ってば。


ということで、この勝負、明菜厨の私の眼から見ると明菜の勝ちか、というと、そうでもない。
どっちもいい。どっちも時代の最高峰だ。勝ち負けなんか超越している。
ということで、結果、ドロ――!!!

いやぁ、この二つ、もし見てないっつうなら絶対見るべきだってば。


あ、そうだ、1個忘れていた。
山口百恵のビデオ、「謝肉祭」だけがカットになっています。
この曲、言葉狩りの果てに存在自体が封印されているようだ。
「ジプシー」がいけないとか、タイトルの「謝肉祭」って言葉自体がいけないとか、色々噂はあるが、いい加減にしてくださいな、ソニーさん。


2004.01.14


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