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山口美央子 『月姫』

まさしく、埋もれた名盤


(1983.03./C28A-0265/キャニオン)

1. 夕顔〜あはれ 2. 夏 3. 沈みゆく 4. 鏡 5. 白日夢 6. 月姫(Moonlight Princess) 7. さても天晴夢桜 8. 恋は春感


あぁ、もったいないなぁ。もったいない。
過去、売れずに埋もれていった楽曲、アーティストというのは恐ろしいほどいっぱいいる。
100、200円のワゴンセールからサルベージして、そういった名盤を見つけるたびに、もったいないなぁ――、とため息つくのが私のいつもなのであるが、この盤もまたそんなひとつである。 山口美央子『月姫』、今回はこの盤を紹介。

このアルバムを一言でいうならば「和風テクノポップ」って感じかな。 初期YMOが「西洋人からみたインチキ中華の世界」だとすればこのアルバムは「いんちき和風」の世界。 テレビの時代劇のような「嘘っぱちの昔の日本」ワールドがテクノチックに広がっているといっていいかも。

彼女の作品を一言でいうならば「内省的で夢見がちの少女が部屋の中でぼんやりとしている時に心で鳴るような音楽」といっていいんじゃないかなぁ。 少女特有の、物憂げで自閉的であったり、また対象物をまるかじりするように直感的・直截的で鋭かったり、また現実世界から1歩向こうへ足を踏み出してしまい、妙てけれんでシュールであったり、そんな世界が広がっている。
彼女を「矢野顕子のよう」という声は多かったというが、それは間違いでないが、矢野顕子の突発幼児化、パンク童謡路線と比べるともっと夢見がちかなぁ。矢野は幼女であるが、彼女は確実に少女である。強いていうなら「矢野顕子」に「谷山浩子」が入っている感じかな。

氷が溶けてグラスが汗をかくイメージで、「わたし、夏になる」とずるずると溶けるような歌声で物憂く歌う「夏」、鏡の国に閉じ込められたアリスが強迫神経症に冒されながら「早く迎えに来て」と王子様を待つ「鏡」、水底にゆるゆると体を沈めながら呟く歌のような「沈みゆく」、 「かぐや姫 in タカラヅカ」のように夢想的で華やかでロマンティックで少女趣味な「月姫(ムーンライトプリンセス)」、お囃子にのせてかなりちゃんちきでパンクな花見唄「さても天晴、夢桜」、楽曲はどれも粒ぞろい。
音響的に一番面白く感じたのは、「さても天晴、夢桜」。ジンギスカンのような「ハッハッハッ」っというコーラス――サンプリングだろう、に昔のアナクロなテレビゲームの内蔵音源のような「チュミーーン」っという効果音が響き、さらにメロディーと詩はちょっと演歌テイスト、山口は軽くこぶしを回して「花が咲いたよこの世の花が」と歌う。
個人的に好きなのは、「夏」。盛夏の午後、だらしなく部屋の中でのたうちまわっている時には是非とも聞きたい曲。あとこの曲、シングル盤のジャケが超美麗。畳の上、まるで情事の後かのようにしどけなく着物姿で横たわっているジャケなのだが、椎名林檎が見たら絶対パクるでしょう、というほど見事なまでの和風デカダンス。

その他、どの曲も琴や尺八に擬した音など音響的にもギミック満載。編曲はさすが「ライスミュージック」ぶち上げただけあると思わず感心する、土屋昌巳が担当、完璧なまでの贋物和風フレーバーに私は酔ってしまいます。
(楽曲ごとのパーソネルが掲載されていないのが残念)
そうそう、このアルバムに参加しているは、というと。 全作詞、曲は山口美央子。シングル「恋は春感」を除いた全曲のアレンジは一風堂の土屋昌巳で、「恋は春感」のみ後藤次利、プロデュースは立川直樹という布陣になっている。 立川氏は加藤和彦プロデュース作一連、東芝時代の久石譲、等のプロデュースでお馴染み。ちなみに福島祐子『時の記憶』とこの『月姫』似ているなぁと思ったら2作とも彼のプロデュースであったという。

ラストはコーセー化粧品春キャンソング「恋は春感」(「しゅんかん」と読む)。 デビュー時の売り出し時には「シンセの歌姫」というコピーかなんかで、「ユーミンの再来」「矢野顕子の再来」と煽られたようだ。 (富沢一誠の『俺が言う』で業界者を集めたお披露目会での彼女を見て、凄いのが出てきた、と記述していたのを読んだ記憶がある。)
実際そういわれるのも頷けるほど、彼女の音楽は独創的かつポップで面白いモノであったと思う。今聞いても充分絶えられる傑作と私は思う。 とはいえ、そういった大型新人の触れ込みのわりには、セールスは振るわず、それまでの『夢飛行』『ニルヴァーナ』のアルバム2作はオリコンベスト100位にも入らなかった。
多分この化粧品春キャンのタイアップがスタッフ最後の賭けだったんじゃないかなぁ。 売上はシングル「恋は春感」が最高22位、7.2万枚。この同シングル収録のこのアルバムは最高64位で0.5万枚。 この結果、これが最後のアルバムリリースとなった。―――シングルとベスト盤を後に1枚出している。

もはやこれまでとばかりに、ここで彼女のアーティスト活動は終止符が打たれたわけだが、それから2、3年後職業作家として、また彼女は帰ってくる。
担当歌手は岡田有希子、斉藤由貴、高井麻巳子、光GENJI、田中陽子、COCOといった元・所属レコード会社のポニーキャニオンの歌手への提供に始まり、後には小川範子、西村知美、原田知世、藤谷美紀、ともさかりえ、稲垣潤一、今井美樹、やしきたかじん、鈴木雅之などなどと広がり、今でも一線の職業作家として活躍している。
気品のあるフェミニンなメロディーラインはシンガーソングライター当時となにも変わっていない。 実力があれば、チャンスを掴めなくとも活動は続けられるという典型ともいえるんじゃないかな。

でも、また歌ってほしいなぁとやはり思ってしまう。
歌声がコケティッシュというのもあるけれど、この人、詞のはめこみ方が変わっていて、面白いんですよ。 例えば「恋のエアプレイ」(『夢飛行』所収)の「I am soryy, I am sorry, I am very ゴメンナサイネ」の部分とか、「可愛い女と呼ばないで」(『ニルヴァーナ』所収)の「そうよおいしい時間は後回し あなたそんな顔して 『うん、あとで』」の部分とか。 詞だけじゃわからないけれど、いや、面白いのよ、これが歌となって流れると、歌声と詞と曲とが絶妙な相乗効果となって耳に強烈に残るのです。これだけ取っても異才といっていいでしょう。
それが楽しめないっつうんです。職業作家では。
あぁ、もったいない、もったいない。

2004.03.10

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