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吉田美奈子を聞いてください

(「『KEY』/1996.10.23/MCAビクター)
(『モンスター・イン・タウン』/1981/アルファ)
(『愛は思うまま』/1978/アルファ)


今回は吉田美奈子さんの話。
最初に聞いたのがファーストアルバムの『扉の冬』だったので、てっきりフォークの人だと思っていた。
表題作や「外はみんな……」などのガラス細工のような繊細さが危なっかしくも美しく、面白かったが、フォークだし、ということで私の中では捨て置かれていた。
と、それからしばらくの後、ふたたび出会うのは大学生になってからである。

近所の中古CDショップで在庫処分セールのなかに彼女の『愛はおもうまま』『モンスター・イン・タウン』『KEY』が細野晴臣の『泰安旅行』など一緒に100円であった。
――――こんな価格で売り叩かれていたのは奇跡といっていいだろう。
安いし、と、もののついでに買い、聞いて驚いた驚いた。
彼女はデビュー時の繊細さを一種のタフネスに変え、第1級の表現者になっていたのである。

『愛は思うまま』(78年作)は70年代後半の典型的フュージョンと言うところでアレだったが、後の2つはもう傑作、傑作。

『モンスター・イン・タウン』(81年作)はシンガーソングライターからサウンド・プロデューサー、サウンド・クリエーターへの深化の契機となった盤であり、80年代の彼女の盤のベストだろう。
ここで彼女は「ファンクの女王」なる号を周囲からいただくこととなる。
「TOWN」の痛快さ、「LOVIN' YOU」のメロウな渋さ、「MONSTER STOMP」のアバンギャルト。アカペラの「NIGHT IN HER EYES」は美しいというより他ない。

がそれよりも驚いたのが『KEY』(96年作)である。
なんだこれは、なんだこの音の洪水は。
圧倒的な音圧。重厚な、まるで真空の闇を行く巨大な宇宙船のような、圧倒的な音のコロニー。
しかもその音たちはそれぞれがあたかも無作為に蠢いているようで、実は一点の無駄もなく配置されている。
それは例えば曼荼羅のように、バロック建築のように。
それは、過去、人々が積み重ね、そしてこれからも続くであろう神々への詠歌に近く、人類が辿る神々への長い道のりに近い。

と、これだけで充分神業なのだが、しかもそこに乗っかる声が更にそれらに勝っているのだから、もう声も出ない。
彼女の声がそのバックトラックの量感をしのいで、更に圧倒的な力でもって浮かび上がってくるのだ。
彼女の独特の和声のすばらしさというのも、もちろんある。
――――この独特の声の重なりの構造がいかなるようにできているかいうのを彼女は数年前「題名のない音楽会」でデモンストレーションしていた。
が、そういったメソッドやテクニックよりもなによりも彼女の持つ本質的な声の強さ、強烈な磁場を持つ声そのものに圧倒される。

その声は暖かく、深い。
それはまさしく鎮魂と救済の祈りとほとんど同じといって、いい。
これは現代の「神々の歌」だと、私は驚倒し、涙を流しつつ聞いた。

「KEY」「TIRCKY HEAVEN」「CORNER」「月明かりの中庭」「MIRACLE SHIP」……。
重量級の作品が並ぶ今作は90年代のアルバムのベストといっていいだろう。――といっても90年代には4枚しかアルバム出していないけどね。

とはいえ『DARK CRYSTAL』以降、この人のアルバムははずれのない宝くじのようなものなので、どれを聞いてもいい。
吉田美奈子という歌手を知らずに、この文を読んだのなら、是非とも一度は聞いてほしい。
近年のR&Bディーバなんていわれる人たちがキャンと鳴いて逃げるほどの音がそこにあるから。
とにかく、なにかを感じたのなら、吉田美奈子を黙って聞いてください。


ちなみに私が特に好きなのは、声だけで聞かすほとんど賛美歌の「星の海」「BEAUTY」「RAIN」「月明かりの中庭」タイプと、陰影深く、音が複雑で打ちこみがなりまくりの「STARBOW」「ANGELDUST」「COCO」「HEAT WAVE」タイプかな。
あと「CORNA」「MIRACLE SHIP」とかの壮大モノもいいね。

とかく、気難しく―――契約更新の席上、レコード会社の社長のちょっとした一言で気分を悪くし、更新見送ったりする、マイペースなかたですけど、とにかく歌いつづけていてほしい人です。


ちなみに吉田美奈子なんて中森明菜の作品でしかしらね――よという明菜厨のあなたへのトリビア。
83年、アルファとの契約期間を終え、長く所属レコード会社を持たなかった吉田美奈子さん。
その間は職業作家・プロデューサーとして中森明菜を始め、薬師丸ひろ子、西城秀樹、池田聡、飯島真理などに楽曲提供やプロデュースを行います。
―――ユーミン作曲の田原俊彦の「銀河の神話」なんてのもありましたな。
で、86年、中森明菜の『不思議』に3曲、楽曲を提供します。
で、この印税で作ったのがあの幻の名作といわれた限定5000枚の自主制作CD『BELLS』。
「アレは中森明菜さんの印税で作った。貯蓄の趣味はなかったし」と本人の弁。
この『BELLS』、やっと昨年、エイベックスioから再発売されました。


2003.10.25


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