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本田美奈子 「心を込めて…」

(2006.04.20/コロムビア/COCQ-84139)

1.見上げてごらん夜の星を  2.命をあげよう 〜ミュージカル「ミス・サイゴン」より  3.踊りあかそう 〜ミュージカル「マイ・フェア・レディ」より  4.オン・マイ・オウン 〜ミュージカル「レ・ミゼラブル」より  5.天国への階段  6.Golden Days  7.愛すること 《with 今井清隆》 〜ミュージカル「ロミオとジュリエット」より  8.オールウェイズ・ラブ・ユー(映画「ボディー・ガード」のテーマ)  9.やさしく歌って  10.Lovin' You  11.想い出のサンフランシスコ  12.美女と野獣《with ピーボ・ブライソン》 〜映画「美女と野獣」より  13.つばさ《ボーナス・トラック》 


 本田美奈子のラストオリジナルアルバム。
 05年にリリース予定だった20周年記念アルバム用の楽曲のほか、『時』『Ave Maria』のアウトテイク、 他のアーティストのアルバムで発表されたデュエット、かつてテレビのBGM用に録音されたもの、などなどをつめ込んだもので、 オリジナルアルバム、というよりもコンピレーションと見たほうがいい。
 アルバム全体の方向性はとくになく、ひとまず今提供できる音源をかき集めた、という感じ。06年3月リリースの「 I LOVE YOU 」に形態は近い。

 「命をあげよう」「踊りあかそう」「オン・マイ・オウン」など、20周年記念アルバム用の楽曲は、「あくまで試し録り」という感じで、後で音を足したのかもしれないが、どうにもバックに厚みが足りない。 M.8〜M.11のNHK総合「おはよう5」のBGMとして録音された楽曲もそうで、あくまでBGMとして、イージーリスニング的に作られたトラックなので、音源だけではどこか食い足りなさは残る。
 また「愛すること」「美女と野獣」などのデュエットモノも、あくまで美奈子は「ゲストボーカル」という位置であり、どうにもじれったい。もっと美奈子を前に出せよ、と。ま、仕方ないんだけれどもね。 ともかく、本田美奈子を堪能しようにも、もどかしいことこの上ない。
 しかし、彼女の歌唱は、どのような状況においても、全開。 こんな予備録音の軽いトラックで全力疾走しなくても、いいのにさ。と、思いつつも、それが本田美奈子なんだなぁ、と、微笑ましい。

 既存音源を何とかかき集めた結果「 I LOVE YOU 」と同様、ミュージカル女優開眼から死去に到るまでの彼女の芸能生活の後半部分を総括するような 作品となった。 と、いえるだろうが、各所に転がる未完成のトラックに「果たされなかった夢の跡」という印象もあり、切ないものがある。
 「愛すること」は美奈子のボーカル一本で、壮大なオーケストラで歌ったらよかっただろうになぁ、とか、そういう、思ったところでせんのない余計なことを、つい、考えてしまう。

 不思議なのが、 「見上げてごらん夜の星を」「天国への階段」「Golden Days」の3曲。
 「見上げてごらん夜の星を」は『時』(04年作品)、 「天国への階段」は『Ave Maria』(03年作品)の選考落ち楽曲。 なぜ当時の選考から洩れたのか、わたしにはいまいちピンとこないのだけれども、 それがまるで「このアルバムのためにとっておいたのでは」といわんばかりにはまっている。 あまりにも「本田美奈子のラストアルバム」におあつらえむきで、かつ完成度も高く、驚く。
 もっと驚くのが、「Golden Days」で、これはクイーンのブライアン・メイプロデュースの87年作品。本田美奈子の全英デビューシングル。 「黄金の光を受けて麦穂が風に波打ち輝く 輝かしい日々は気づかず 通り過ぎる」といった感じの 過ぎゆく時の哀切を荘厳に歌った、アイドル時代の彼女の隠れた名作であり、かつ後の彼女の世界に繋がる曲なのだが、 リリース当時、クイーンファンにも本田美奈子のファンにもおよそ「黙殺」という評価を受けたに過ぎなかった。
 確かに当時の本田美奈子においてまったくイレギュラーな作品だったのだけれども、これがこのアルバムにおいて、ジグソーパズルの最後のピースのようにぴたっとはまっている。
 「あ、そうか、この曲はこの時のために生まれたのか」
 と、わたしは思った。
 神様は、時にこんないじわるな采配をなされる。

 このアルバムを聞いていると、本田美奈子の可能性と、それが無残に散ったことを思い知らされる。 名盤――というにはほど遠いが、ファンにとっては大切なアルバムであろう。


2006.04.23
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