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萩尾望都 「メッシュ」

第2期萩尾望都のはじまり

(80〜84年「プチフラワー」初出/小学館・白泉社文庫)



これは一種の通過儀礼の物語だと思う。
もう子供とはいえない、だけれども大人というにはあまりにもおぼつかないひとりの少年の繭ごもりの作品。 少年のさなぎの繭は親鳥のような年長者の無心の愛情によって守られている。そして繭の向こうの景色は日々祭りの騒がしさだ。

都市という祝祭空間は少年の繭ごもりの舞台としてあまりにもお誂え向きだ。彼は暖かな庇護を受ける一方で、都市のなかでの様々に翻弄される。 そんな一つ一つの出来事を受肉することで彼は少しずつ大人への階段へと登っていく。

「メッシュ」は物語の冒頭に主人公・メッシュと実父サムソンとの葛藤(第1話「メッシュ」、第2話「ルージュ」)を描き、終幕にメッシュと実母マルシェとの葛藤(第11話「シュールな愛のリアルな死」)を描いている。 ちょうど両親と子供との葛藤の物語が全体をサンドイッチしている形になっているといっていいだろう。
そしてそのサンドイッチされた中身にあるのが、巴里でのミロンとの生活とそこで出会う様々な人々の物語ということになる。

物語のはじまりと終わりに位置する家族の物語はきわめて重厚あるが、その間を埋める巴里での生活は極めて平明で陽気なものでエンターテイメント性がとても強い。 主人公のメッシュは巴里での暮らしのなかで様々な人に出会い、騒動に巻き込まれ、傷つきながらも成長し、そして最後はミロンの待っている暖かい巣に戻る、という構図の物語が何回ともなく続く。 ―――そのなかで、物語のちょうどど真ん中にあるミロンの家族の物語「耳を傾けて」(第8話)だけは重い仕上がりになっていて、ペーパーウェイトのように物語の中弛みをここで防いでいる。


この「メッシュ」という物語は、萩尾望都の以後の作品の中核ともいえる部分の手札が全部が出揃った作品でもある。これは忘れずに書いておかなくてはならないことだ。

一例を挙げる。

・男性とも女性とも自己を規定できない不安定な主人公――――メッシュの本名はフランソワーズ。女名である。彼の実母は心を病み、自分の子供は女であると思いこんでいる。
・主人公への母の無関心、乃至否定――メッシュは10何年かぶりに母の前に現れるものの娘を産んだと思いこんでいる母はメッシュを自分の子供だと認めない。
・主人公の父との葛藤――――父はメッシュを実子ではないのでは、と長年うたがっていた。ゆえにメッシュの中には父への様々な愛憎が渦巻いている。
・主人公を無心で守ろうとする年長者の存在―――この物語ではミロン。「マージナル」ではグリンジャとアシジン。「残酷な神が支配する」ではイアン。彼らは損得なしで主人公を受け入れようとする。
・そしてこれら主人公の家族や周囲との相克が大きな物語の軸となっている。


これらは「トーマの心臓」の番外編「訪問者」を契機に「メッシュ」で形作られたフォーマットである、と私は判断している。萩尾の「家族の物語」の源泉はここだ、と。
(―――それまでの萩尾望都の作品は良くも悪くも「大人」が物語の中核にいなかった。木の股から生まれたかのように少年や少女達はずっと前からそこにいて、永遠にその姿のままである、という印象が強い。「メッシュ」以後の萩尾望都を「家族の物語」というならばそれ以前は「恐るべき子どもたちの物語」という感じだ。その象徴の頂点にあるのがもちろん「ポーの一族」である。)

このように大きく作品の物語の骨組を転換した萩尾望都であるが、画風すらもこの作品の連載開始前後(80年頃)に大きく変えているようにみえる。
今までの萩尾望都の作るキャラクターは丸顔でふっくらとして、まるで生まれたばかりの赤子のような顔と体の造型であったのだが(―――ある意味手塚的な体型といえる)、ここを境に一気に顔は面長で体つきはスレンダー、と大人の体型に変じている。 またペンタッチも繊細で尖った一種神経質ともいえるものに変わっている。

萩尾望都はこの時期の自分をふり返って、今まで溜めていた物語のストックが全てゴミになってしまった、と語っている。それだけ自分にとって「漫画」というものの意味合いが変わったのだろう。
確かに萩尾望都は80年を境に今までの作り上げたところを土台にもうひとつ上の段階へ登ったという印象がある。今まで全体に散らばっていた彼女の魅力がひとつに集約した、というか、そんな感じだ。 これは一種劇的なメタモルフォーゼである。第2期・萩尾望都のはじまりといってもいいだろう。



それにしてもこの物語でもっとも印象深いのはラストシーンである。これをなしにこの物語を語ることはできないほどだ。

駅の雑踏。はぐれる主人公たち。プラットフォームの一方にはいまだ複雑な関係である実父の乗る列車、一方には今まで無心な愛をそそいでいたミロンたちの乗る列車。 発車のベル。メッシュはどちらの列車にも乗ることができない。ふたつの列車はゆっくりと動き出す。
ラストのコマ。白溶としたプラットフォームと鉄路、そしてひとり取り残されたメッシュ。これは彼の旅立ちである。先へ先へと続く鉄路は茫洋と続く未来の象徴である。

ある日突然、旅立ちはやってくる。
父や母との葛藤に簡単な答えは見つからなかったけれども、以前のように考えただけで心が荒れ狂う嵐の海になることもない。だからもう、さなぎの時間は終わり。これからは自分自身で考えて歩いていけばいい。作者、萩尾望都はメッシュをぽんとひとりの大空へと解き放つ。
メッシュはミロン達の後を追うかもしれない。もしかしたら父の元に帰るかもしれない。そうでなく、これから巴里でひとり暮らしていくことだってありうる。そこには無限の物語が広がっているだろう。 しかし、この物語、メッシュというひとりの孤独な少年の大人になるまでの通過儀礼の物語はここで幕なのだ。 あとはすべて読者の想像力へと委ねられる。実に見事な幕切れというしかない。


2005.01.18
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