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中森明菜 Special Live 98

"シンフォニックコンサート"

明菜のワーストライブ

(1998.11.03〜04/東京国際フォーラム)
1.Akina Singles Medley (inst.)  2.セカンド・ラブ  3.二人静  4.四季メドレー 〜春の小川〜うみ〜ちいさい秋みつけた〜赤とんぼ〜ペチカ〜雪の降る街を (inst.)  5.片想い  6.スローモーション  7.水に挿した花  8.Orchestra Medley 〜ビゼー作曲「カルメン」ほか (inst.)  9.ミ・アモーレ  10.SAND BEIGE -砂漠へ-  11.秋桜  12.難破船  13.予感  14.翼をください 
演奏:シンフォニック A オ−ケストラ 指揮:金聖響 ピアノ・アレンジ:藤原いくろう ギタ−:千代正行


 これまで数多くのツアーやディナーショー、スペシャルライブを行ってきた中森明菜。 彼女のベストライブをひとつ挙げるというのは、とても難しい。
 やっぱり、89年の「EAST LIVE」につきるっしょ、 88年の「Femme Fatale」ツアーのカバーコナーがこれまたよくって、 97年の「felicidad」ツアーが最高っしょ、03年の「I hope so」ツアーを忘れてないかい、 94年の「歌姫」ライブ、これが今までの明菜とは違う一面が見えてね、 わたしは絶対、06年の「Last Destination」、 いやいや明菜ファンならひとまず91年のスペシャルライブ「夢」で号泣しとかなきゃ、 ふふふ、映像化されていない86年の「Light and Shade」が本当は一番凄かったんだよん。などなど……。 まぁ、個々人によって、ピックアップするものは、きっと違うだろうなあ。
 それだけ明菜はライブでいろんな面を聞き手に披露していて、かつ一定の完成度を保っているという証なのだろう。明菜はライブアーティストなのだ。
 では逆に、彼女のワースト・ライブはいったいなんだったと、今まである程度、明菜のライブに通った人に尋ねたとしたら、まずダントツでこれが挙がるんじゃないかなぁ。 98年11月、東京国際フォーラムで行われたスペシャルライブ、シンフォニックコンサート。
 これがもう、明菜のライブとは思えないほどにひどかった。



 春から夏にかけての全国ツアー。冬のディナーショーツアー。その合間、秋に趣向の違ったスペシャルライブを敢行し、今までの明菜とは違った一面を披露する。 で、内容はというと、明菜とオーケストラとのコラボ。
 オーケー、いいだろう。コンセプトは見える。季節的にも、しっとりしたサウンドが心地いい頃合だ。
 アルバム「歌姫」のようなオーケストラ・サウンドで、そのまんま「歌姫」収録の楽曲をやってもいいし、あるいは、明菜のオリジナル楽曲をシンフォニックアレンジにしてもいい。 あるいは、今まで明菜が披露したことのない楽曲――それこそ、クラシックの楽曲を取り上げたっていいし、コンテンポラリーな洋楽をやっても面白い。
 サウンドプロデュースとアレンジは、藤原いくろう。94年の「歌姫」ライブでコンサートマスターを勤めて以来、明菜のサウンドプロデュースを彼は手がけていた。 おそらく「歌姫」ライブの発展的なライブになるだろう――そう思って私は訪れた。 その予想は、悪い意味で見事に裏切られた。



 開演。
 中森明菜の楽曲のシンフォニックアレンジ――といえば聞こえがいいが、ただのシンフォニックな「カラオケ」だ、これといった趣向はなにひとつ感じられない――がだらだらと流れ、いつまでも明菜は登場しない。
 いつになった明菜は、登場するの ?
 いいかげん聞き手が飽き始めた頃に、明菜、舞台袖より登場。
 おもむろに歌――でなく明菜のトークが始まる。
 え ? そういうスタートって、ありなん ?
 いつものだらだら明菜トークが終わって、ようやっと明菜の歌が始まる。
 「セカンド・ラブ」「二人静」――しかし、これまた眠い。
 凡庸なシンフォニックアレンジに淡々と歌う明菜。 明菜にこのライブに賭けるものがなにひとつないことが、最初の歌パートですぐにわかった。
 退屈なアレンジメントに、明菜の心はまったく燃えていない。 バッキングとボーカルの精神交流がまったく感じられない。これほど淋しいライブはない。
 やっと明菜が2曲歌ったところで、さて、これをどう展開するか、と思ったら、明菜は袖に下がる。
 えええっっ。
 そして始まる、延々とオーケストラによるわらべうたの演奏。て、いらねーーー、このパートマジ、いらね――。
 眠さはMax。もうどうにでもしてくれ。
 てか、中森明菜のファンを舐めているんじゃなかろうか。
 こんな官能のかけらもないベタっとして平板なクラシックサウンドをありがたがるほどこちとら音楽乞食じゃねぇぞ。
 藤原いくろうのピアノ、千代正行のギターによる「片想い」「スローモーション」「水に挿した花」は 慣れた面子によるものなのか、気持ち盛り上がる。 「水に挿した花」で思いの丈が溢れ涙に暮れる明菜にいつもの本領が垣間見えた。――が、このライブのコピーって「もう一人の明菜が交響楽にデビューする」じゃん。いい部分が、いつもの明菜じゃ、ダメでしょ。
 でもって、またオーケストラパートが始まり――ビゼーの「カルメン」とか演奏され、ってだからそのベタな選曲なんとかならんか。明菜ファンはクラシックなんもしらんと思ってるのか、おい。
 後はいつものヒットメドレー。「ミ・アモーレ」「SAND BEIGE」「難破船」などいかにもシンフォニックアレンジが似合いそうな楽曲がセレクトされ、でもって、やっぱり予想通りの凡庸なアレンジメントがあぁ、もう、いいや。
 ヒットメドレーやるんだったらさ、後に「歌姫D.D」でやったように「TATTTO」をビックバンド風にするとか、あるいは「AL-MAUJ」をオーケストラサウンドにぐちゃぐちゃしたシンセとノイジーなギターを掛け合わていっそV系っぽくするとかさぁ、 でもって、明菜はコスプレごてごてのゴス衣装で、お上品そうに着飾ってるオケピの連中を挑発、嘲笑するように、くねくねエロス振りまきで踊りまくっちゃうとかさぁ、そういうの、なんでしないかなぁ。 明菜のファンが求めている世界ってのは、そういうんだろ。ぶっちゃけ。

 アンコールは、「予感」「翼をください」。
 多くの聞き手が満足いかなかったのか、明菜にアカペラでの楽曲披露を求め、 明菜も出来がよくないことに自覚があったのか、だらだらとそれに応じる。
 「夢先案内人」「September」などを披露したはいいものの、今度は引き際が見つからなくなり、 まるで会話を切る機会がみえない友人との長電話のような状態に――。 最後は「じゃあ、もういいよね、ばいばい」といった感じで、明菜は客席に手を振り舞台袖に下がり、これでライブ終了、という完璧なまでのグダグダ具合。ひどすぎる。 会場ではこのライブの映像の商品化に関するアンケート用紙を客に配っていたが、結局映像作品のリリースはなかった。さもありなん。



 練習不足というのは多分にあったと思う。
 トークなど、これは公開リハーサルなのか、っていうほど段取りの悪い部分が散見されたしね。 練習不足が、オーケストレーションとのつながりの希薄さにもつながったのだとも思う。
 とはいえ――藤原いくろうのアレンジと金聖響の指揮の退屈さ、明菜の気の乗らない歌唱を肯定する気にはなれない。


 中森明菜は、いつもそうなのだ。
 自らを思うままに表現できない( ――と感じとった )場では、まるで借りてきた猫のようにつまらない気を使い、結果なにも主張せず、退屈になる。
 おそらく彼女は、最初に今回のサウンドを聞いた時、「お客様になろう」そうおもったのではあるまいか。 彼女の音楽の水脈にはけっして存在しない、共鳴する部分がまったくない、「お上品」で「お文化的」で――つまりは権威主義的で西洋コンプレックス丸出しの退屈な二流の「ジャパニーズ・クラシックサウンド」。 よくわからない。いいとは全然思えないけれども、偉い人が、お金持ちの文化人が喜ぶようなサウンドっぽいから、やってみなよと周りがいから、自分を殺してやってみますよ。と。
 知識と教養と学歴のない、おそらくアカデミックな部分にコンプレックスの強いだろう中森明菜の弱点につけいったような、どうでもいいコンサートであった。

 このライブで音楽監督を務めた藤原いくろうとの中森明菜のコンビは、この時点で既に限界を超えていた。 彼が明菜のプロデュースに関わった作品には「VAMP」「SHAKER」など名作もあったが、ここまで。 翌99年の、ガウス・エンターテイメントとのトラブル――「中森明菜、引退勧告騒動」と連動して、彼が明菜のサウンドメイクに関わることはなくなったが、例えこのトラブルがなかったとしても早晩、終幕は見えていたろう。

 ちなみに。クラシカルサウンドと明菜サウンドのライブでの融合は、弦楽四重奏を組み込んだ03年ツアー「I hope so」で一定の成果を得ている。中森明菜は、きちんとこの時の落とし前をつけている。

2007.06.01
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