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宮本昌孝 「春風仇討行」
(「こんぴら樽」)


薫風のごとき清々しさ

(2000.10.15/講談社文庫)


「失われし者 タリオン」の人はいつのまにか期待の新進時代小説家になったらしい、という話を風の噂に聞いたので手にとってみた。
これは「剣豪将軍 義輝」で時代小説家に転向して初の短編集らしい。

ためしにあとがきをさらっと読んでみたら作者の実父と父の旧友であった俳優・鶴田浩二の話がとても興味深い。
まるでその目で見たかのような闊達な描写だが、こういう思わず信じたくなるような巧い嘘がさらっと出せる作家というのは小説が巧いに決まっている。早速本編を読むことにした。


表題作「春風仇討行」」(旧題「こんぴら樽」)。

こいつぅ、ラブコメじゃねえかよッッ。
仇討の成就と初恋の成就が見事に重なり合った5月のそよ風のごとく爽やかな作品。向こうっ気の強く凛々しい女剣士のヒロインりやと、剣呑としておきながらやるときゃやるぜの向日性のヒーロー村瀬藤馬萌えの小説ともいえる。 作者曰く、りやは美空ひばり、数馬は萬屋錦之介のイメージだって。
確かに昭和30年代の時代劇映画黄金期のプログラムピクチャーとして実にちょうどいい作品にみえる。コンパクトながらキャラクターの魅力はつまっているし、魅せるところは魅せて、最後は綺麗に風呂敷畳んでいるし。大傑作ではないけれど、好きにならずにいられない作品。
金毘羅船に乗船するシーンや橋の上での決闘に藤馬がうなぎ片手に乱入するシーンなど、ホント愛嬌があって愛しやすい。 これは映像化するとホント映えると思うぞ。あ、でもタイトルは「こんぴら樽」の方がよかったかも。


「一の人、自裁剣」

長編小説の骨だけ見せられたよう。もっと話を膨らませるときっともっと感動を引き出せるんじゃないかなぁ、と思ったけれど、ここまで殺ぎ落としたからこそ勿体無くも見えるのかなあ、とも思ったり。 なんか話の向こうに完全に入っていけそうでいけないもどかしさがあった。物語にしっかりした骨格があるのに、なんだかちょっと愛しにくい。 ただ、豊臣秀次の可哀相でダメな感じのリアリティーってのは、ばっちり出ているので、その点に関しては大成功。いつも緊張している秀次は掌の汗を拭うためにしきりに袴の股のあたりをこする癖があって、袴のその部分がてらてらしている、なんて描写はあたかも見たかのごとく真実味がある。


「蘭丸、叛く」

こいつぅ、やおいじゃねぇかよッッ。森蘭丸、お前親子どんぶりだな、という小説。
とにかく短い話なので特にいうこともないけれど、お蘭ちゃんが強くて頭よくてカッコいくて可愛いからそれでいいんじゃない!?


「瘤取り作兵衛」

これはヒット。根っからの武辺者の安田作兵衛と狡猾な小者である天野源右衛門との対比が面白い。 この2人の間を友情というにはあまりにも源右衛門が人として小汚すぎる。それが妙に生々しくって話にリアリティーを感じる。それにしても老いても盛んな作兵衛はカコイイ。「古武士のごとく」というのは彼のためにあるような言葉。それに比べて、源右衛門は年取ってもダメダメ。ダメなやつは年を取ってもダメなんだよねぇ。
それにしても「一の人、自裁剣」といいこの作品といい、この作者は弱者や卑怯者に対する愛があるように見えてそれに好感が持てる。 あとあと、幼き頃の細川ガラシャが萌えキャラのごとくカワイカタよ。


「春風仇討行」や「瘤取り作兵衛」のような清々しさとわかりやすいエンターテイメント性が彼の時代小説家としての持ち味というのなら、わたしゃこの人のファンになるよ。 まだ判断はなにも出来ないので、ひとまず他の作品も読んでみることに決めた。とにかくこの作品に関しては素直に面白い。

2004.12.03
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