70年代の不遇の実力派アイドルシンガー、金井夕子のベスト盤。 全シングル10曲に、カップリングとアルバム曲というわかりやすい構成。 ◆ 70年代末期、女性アイドルポップスは一時、退潮を見せた。 70年代前半デビューアイドルは、結婚引退や、解散、スキャンダルなどでことごとく失速。榊原郁恵、石野真子、石川ひとみといった当時の新人勢も伸び悩む。 トップの山口百恵だけひとり気を吐いていたが、作品もはやアイドルという領域から大きく逸脱しはじめていた。 そしてその空いたアイドル枠を埋めるかのように、新人女性シンガーソングライターが次々とヒットを飛ばしはじめる。 渡辺真知子、八神純子、庄野真代、大橋純子、久保田早紀……。 彼女らの高い歌唱力と洗練された音楽性が、旧来の「ビジュアルはかわいいけれども、音楽的にイケていないアイドルポップス(――当時のその極北が大場久美子だったろう)」を一時、窮地に追い込んだ。 そこで「スター誕生」のオーディション出身という、その出自においてアイドル王道である金井夕子(――と、そのスタッフ)は、あえて非アイドル的で、高い歌唱力を要求される楽曲、尾崎亜美作詞・作曲の「パステル・ラブ」でデビューすることになる。 「自分で作詞も作曲もしないからシンガーソングライターじゃない。けれども、可愛さを売りにしていないし、歌唱力が磐石だし、楽曲は洗練されているし、なんかアイドルっぽくない」 これは、ソロでの再出発をした高橋真梨子(「あなたの空を翔びたい」)や杏里(「オリビアを聴きながら」)でも使われた方法論でもある。ちなみに3人とも尾崎亜美作品でデビューしている、というのが興味ぶかい。 この選択は当時としては、およそベストといっていいだろう。 アイドルの側から、ニューミュージックへアプローチした歌手のひとりが、金井夕子だったわけである。 このアイドル歌謡とニューミュージックの混交したあいまいな世界――これが、当時の女性ポップスシンガーのトレンドだった。 前述の渡辺・八神らは当時は、「アイドル」としての人気もある程度持っていたし(――「平凡」や「明星」の人気投票に顔を出すほどに!!)、 79年デビューの竹内まりやらコシミハルなども、今の彼女らの音楽では考えられないかもしれないが、アイドルとしての役割を背負わされていた。 ◆ しかし――このトレンドは、来るべき次の世代への大きな踏み石に過ぎなかった。 80年、「松田聖子」という偉大なる巨人の登場。 松田聖子の「かわいくって、高い音楽性」は、すでに死に体であった70年代アイドル勢だけでなく、70年代の擬アイドル的なニューミュージックの歌姫たちも踏み潰して、新たな80年代の地平を築きあげる。 金井夕子もまた、松田聖子のジャイアントステップに踏み潰されたひとり、といっていいだろう。 むしろ、金井夕子が、もし松田聖子ほどのビジュアルと、パフォーマンス性、アイドル性を兼ね備えていたら、彼女こそが、「可愛くって高い音楽性」をもった新時代のアイドルになった、のかもしれない。 アイドルポップス側からニューミュージックへのアプローチ、という方法論は、金井も松田聖子も、まったく同じである。作家陣の豪華さも松田聖子と遜色ない。 事実、平岡正明は、山口百恵の引退時、彼女こそがポスト百恵である、と彼女を絶賛し、期待の眼差しを送っていた。(――が、その役割を担えなかろうことは彼女のポートレートを見れば一目瞭然なのが、悲しい。「可愛く」って、ねぇ、そういうビジュアルじゃないよなぁ……) ◆ デビューから3曲が尾崎亜美で三部作、その次が筒美京平でまた3部作。その次が細野晴臣→大貫妙子+細野晴臣→山口美央子、とこれもテクノ3部作といっていい感じ。 作家は前述のほか、庄野真代、松任谷正隆、松本隆、阿木燿子、坂本龍一、鈴木茂、島健、近田春夫、糸井重里、後藤次利、といちいち豪華だし、質も高い。戦略も練っている。当時のポップシーンを考えてリリースしているな、という印象を受ける。 彼女の歌唱も、デビュー時点からおよそ完全にできあがっている。 「午前0時のヒロイン」では、低音をなまめかせる部分が、ほとんど山口百恵そのものになったり、 「スリランカ慕情」ではジュディ・オング張りにゴージャスな歌唱を披露したり(てか、これは作詞の阿木燿子的には、「エーゲ海のテーマ 魅せられて」につづく「インドのテーマ」って感じで作っているよな、ぜったい)、 「可愛い女と呼ばないで」では、山口美央子の歌唱まんまになったり、と、その適応の能力の高さにおどいたりも、するけどもね。 むしろフツーに上手すぎて、フックに足りないという感じすらある。 ◆ 70年代後半デビューの擬アイドル的ニューミュージック歌姫は、松田聖子の登場によって、「アイドルとして」の役割は、そこで終えたものの、 とはいえ、コシミハル、竹内まりや、杏里、高橋真梨子など、自身の音楽性にのっとった活動を着実に続け、その後アーティストとして、シンガーとして、しっかりとした足場を作った歌手も少なくはない。 その面子に金井夕子も含まれてもおかしくはなかったろうになぁ――と、このベストを聞くと、私は感じる。 特に「チャイナローズ」「可愛い女と呼ばないで」などのテクノポップ系との相性がいい。この路線でもっと歌手としてやっていけば面白かったのになぁ。 五年に満たない歌手活動、ってのは、短すぎるよ。 「月の浜辺(マヤマヤビーチ)」(岩崎良美)や、「パステルラブ」(松本典子)、「走れウサギ」(コシミハル)など、知名度やセールスの割に彼女の楽曲を後にカバーしている歌手がちらほらあるところなどを見るに、 もったいない歌手、という印象がどうにも強い。 せめてオリジナルアルバム四枚のリイシューか、あるいは、二枚組でほぼ全曲収録のベスト盤がほしいところ――YMO系も筒美さんもからんでいるから、マニアへの訴求力あるだろうし、そこそこ枚数さばけると思うんだけれどもなぁ。 ポニーキャニオンさん、そこんところ、どうよ? |