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甲斐よしひろ 「ストレート・ライフ」

甲斐らしくない傑作

(87.04.22/東芝EMI <再発売はユニバーサル>)

1. イエロー・キャブ 2. ブルー・シティ 3. 電光石火BABY 4. COOL EVENING 5. レイン 6. 夜にもつれて 7. モダン・ラブ 8. 441 WEST 53rd ST.-エキセントリック・アベニュー- 9. 夜にもつれて(SINGLE VERSION) 10. スロー・キス(SINGLE VERSION) 11. レイン(DEMO VERSION)  (M-9〜11は、オリジナルの東芝版には未収録)


 人に歴史あり。
 ベテランアーティストは、きちんと作品を聞いていくと思いがけない作品もなかには残していて面白い。
 これは、87年作品。 86年、アルバム『REPEAT&FADE』を最後に甲斐バンドを解散させて、さらにその後中島みゆき『36.5℃』をプロデュースして、 で、その後にようやく出た甲斐のバンド解散後初のソロアルバム。
 甲斐よしひろ(=甲斐バンド、KAIFIVE)というと、ヒット曲「HERO」「安奈」「風の中の火のように」に代表されるハートウォームで泥臭いフォークロック系サウンドという印象が強いけれども、 このアルバムは、打ち込みを全面に使用したキラキラシンセ音がじつにまぶしいザッツ80'Sな作品。



 80年代中頃、70年代にデビューしたフォーク・ロック系のアーティストはコンピューターサウンドをどう自らの作品に反映させるか、という命題を与えられたわけだけれども、 そこをまったく無視するか、積極的に取り入れるか、という分岐で、 甲斐よしひろはあえて積極的に取り入れる方向へと進んだ。
 甲斐の手引きによって、のちに中島みゆきもその道へと進みご乱心時代を迎えるのだが、 それは中島みゆきの項で述べるとして、甲斐よしひろ、彼は 82年の「虜 TORIKO」をはじめ、続く「黄金 GOLD」「LOVE MINUS ZERO」のニューヨーク三部作で、打ち込み音を積極的に取り入れるようになった。
 結果『LOVE MINUS ZERO』は甲斐バンドのアルバムでトップクラスの完成度の高いアルバムになったのだが、 ここまで打ち込みメインで音を構築してくると、甲斐バンドのそれまでの持ち味――人間臭く、暖かみのある骨っぽいバンドスタイル、とは別物になってしまった、というのはあるわけで、 この路線を続けることと甲斐バンドでありつづけることってのは、難しかったんだろうなぁ、と、そこは想像に難くない。
 一応、甲斐バンドの解散理由はメンバーの耳の病気ということであったが、 原因はともあれ、解散になるべくして解散したのだろうなぁ。そういう時期だったのだろうなぁ。 このソロアルバムを聞くとその思いはさらに強まる。
 バンドスタイルでは限界があったところを、ソロ名義なら、ここまで自由にできるわけか、と。 やりたいと思っていたことをいろいろやっていて、それが魅力になっている。音に勢いがあるんだよな。
 きっと甲斐本人にとっても、新鮮なアルバムだったんじゃないかな。 甲斐よしひろなのに(――と云ったら失礼か)、フェミニンで華やかなアルバムなんだよね、これ。
 いつもの甲斐のごとく、男臭くもドラマチックな「RAIN」「YELLOW CAB」も、甲斐バンド名義だったらもっと泥臭くなるところがこのアルバムでは、なんとも洗練されている。 「モダン・ラブ」や「電光石火BABY」なんて、シンディーローパーかと思っちゃったよ。
 ど・ポップなのよ。全体の印象が。これが意外と、いい。
 もちろん後期甲斐バンドモロな疾走ロック「Blue city」も用意されていて、これはこれでいいんだけれどもね。



 ただ、まぁ、サウンドの変化のわりに甲斐の歌唱が、わりといつもの甲斐というか、そこが、おしい。 やっぱり打ち込みサウンドと彼のシオカラ声って、元々そんなに相性がいいわけではないんだよね。 もうなんだったら、このサウンドなら、別のボーカルのほうがもっといいよな、という気分になる。
 というわけで、中島みゆきがご乱心の後、瀬尾一三を片腕に中庸的に打ち込みを取り入れるに到るように、彼も中庸的な方向へと突き進むようになる。 結果から云えば、甲斐の打ち込み志向も無駄にオールド・ファンをふるい落としただけ、という、中島みゆきのご乱心時代と同じ結果になってしまったわけだけれども、 わたしは、こういう若気の至りな実験性、買います。甲斐だけに。って、オチはオヤジギャグかよ。
 後年の小室哲哉とのこのコラボも、ここまでバリバリ打ち込みでパキパキした音で攻めればよかったのにね。 あ、ちなみに編曲はすべてみゆきのご乱心時代にも大活躍した椎名和夫さん。

2005.02.15
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