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華原朋美 『LOVE BRACE』

それは残酷な物語

(96.06.03/第1位/257.1万枚)

1. LOVE BRACE[overture] 2. Just a real love night 3. keep yourself alive[more rock] 4. Living on…! 5. I BELIEVE[album earth mix] 6. summer visit 7. MOONLIGHT 8. I’m proud[full version] 9. Somebody loves you 10. LOVE BRACE 11. I BELIEVE[play piano]


まず聞いて「残酷なアルバムだなぁ」と思った。
完成度と引き換えに一人の人間の人生を潰してしまう残酷なアルバムだ、と思った。
そしてそれからしばらく時がたち、やっぱり私の予測の通りの残酷な結果があり、そして今だこのアルバムは輝いている。昔日の黄金の日々のように。
今回は、華原朋美『LOVE BRACE』の話である。

このアルバムはアイドルのシンデレラ・ストーリーを1枚のアルバムにしたような作品といえる。
もっといえばここにあるのは、山口百恵の8年の歴史のシュミラークルである。

不幸な生い立ちの孤独な少女が、なにかに導かれるように芸能界に足を踏み入れる。はじめは惧れと不安、やがて野望と成功欲求が芽吹き出し、そして多くの者と出会いと別れを繰り返し、そして唯一の男性とトップアイドルの称号を手に入れる。 そして彼女は絶頂期に一瞬の光輝だけを残して華麗に引退する。……。

山口百恵が辿ったアイドル物語として最も完成度が高いこの現代の神話を再現したアルバムといえるだろう。このアルバムは作品がまるでひとつの小説、ひとつの映画のような、そんなストーリー性を持っている。
ただし華原の相手役は山口百恵のそれとは大きく違う。百恵の相手となった三浦友和は新人俳優として同じ時期にデビューし、歩みを共に成長しあった盟友的存在である。それに比べて華原の相手役の小室哲哉は、既に富と名声を手に入れた大物プロデューサーである。華原にとっての小室は「あしながおじさん」的存在といえる。 実際、この作品での小室哲哉は華原の今までの全てを塗り替える「あしながおじさん」として彼女に静かにかしづきつつ、彼女を支配している。


作品の流れで追ってみよう。

まずオープニングの「LOVE BRACE」のオーバーチュア。ここは映画でいえばオープニングのタイトルクレジットだ。 流麗なストリングをバックにゆっくりと銀幕にタイトルがあがる。その向こうに雑踏が見え、そのなかにぽつねんと人待ち顔の淋しげな少女がいる。彼女の顔がアップになる。華原朋美だ。 と、そこで「JUST REAL LOVE NIGHT」がはじまる。

街角に佇む一人の少女、帰る場所なく都会の喧騒で日々を誤魔化す孤独な少女、彼女の周囲に纏わりつく大人たちの男たちの欲望―――これは売れないタレントであった遠峰ありさ時代の横顔である。 しかし彼女は出会った、小室哲哉という今までの全てを塗り替える魔法の王子様に。それははじめての「本当の愛を感じる夜」であった。
「確かに出会いも前向きではなかった」でも「奇跡の女神も時々微笑む」、だから人波に任せたこれまでを捨て、あなたに任せてみたい。そして「もうすぐ歴史変わる」だろう。とこの曲は未来への予感で締めくくっている。

そしてデビュー曲となった「keep yourself alive」。
この曲もまた遠峰時代の総括と、未来への予感を歌った歌だ。
「刺激が好き、快感が好き」と嘯き「欲望だけをいつも選」びながら「こげつく想い」をずっと隠し「傷ついた羽」を癒せなかった孤独な少女は、小室哲哉との出会いで今、変わった。 「疾風がそっと通りぬけていく 誰かがそっとささやいている」だから今はもう「進化することなんて全然怖くない」。彼と共に歩くこと人を決め、めまぐるしく変わる彼女。それは進化といってもいいほどであった。

次は「Living on !」。めまぐるしいスピードで変貌する自分、「今までの全てがガラクタになっていく」まるで「次元が違う」よう。「毎日が勝負」。だけれども彼の傍にいればなにも畏れるものなどない「信号が全部青」だ。 そしてもう二度と「過去の痛手はくりかえしたくない」。魔法の王子様であり、あしながおじさんである小室哲哉の手によって洗練された彼女は成功のため、きらびやかな表舞台へといよいよ駆け出していく。

「I Believe」
いよいよ、闘いの場だ。ショービジネスという場での荒波の闘い。それは彼女にとっての「これからの未来へ向かう闘い」であり「これまでの野心を試す」闘いでもある。 「あざとさを見せずに上手くふるま」いながらも「生意気な態度も時にはUSE」しながら、ショービジネスの階を猛スピードで駆け上がっていく華原。
駆けあがりながらも、ふと後を振り返る。これまでに「どれほどの想い どれほどの夢 抱えきれず空に叫んだだろう」、幼い頃の記憶が甦る。しかしその向こうにはいつだってあの人の笑顔がある。 ずっと前、出会う前から私はあなたを探していた。ずっと前からあなたを待っていた。この愛を確信する華原。

「summer visit」と「moonlight」はオフの2人の横顔である。
束の間のオフを南の島で過ごす二人。昔から一緒であったかのように自然で、買い物やおしゃべりといったたわいのない一瞬がなによりも大切な二人と歌うのが「summer visit」。
情後の二人の横顔を月明かりが照らす。「あなたがしあわせじゃなきゃ いきているかいがない」そういって彼女は「あしたもいっしょがいいよ」と彼の裸の胸に頬を寄せて甘えるのが「moonlight」である。

そして、このアルバムのクライマックス「I'm Proud」を迎える。
この曲はこのアルバムの象徴する重要な楽曲であり、華原朋美の全てを表現した楽曲であり、また90年代の小室哲哉の最大の傑作でもある。
孤独で居場所を失っていた少女。街角は大人達の欲望の嵐。「くじけそうで崩れそう」、だけど、どこかで何かを信じていた。「届きそうでつかめないいちごのよう」ななにかを。そして、あなたに出会って変わった。
そして「この広い街中で自分の居場所がどこにもない」と心のなかで涙を流していた少女が、一つの場所を作る。「こうして大人になる 夜も怖がらなくなる」。そしていま誇りを持って「I'm Proud」そう、いえる。
この曲は90年代、援交時代の少女たちのビィルドゥングス・ロマンとなった、といってもいいだろう。


そして、エンディングである。

「Somebody loves you」
何処までも続くこの道を一緒にずっと手を繋いでいこう。草原があれば寝転び、小雨なら傘もささずに何処までも一緒に歩こう。いつまでも少年と少女の心のままで。これは二人の心象風景といっていいだろう。 丘の向こうへ二つのよりそう影が静かに消えていく。それは幸福な幻影である。

「LOVE BRACE」
これはこんな絵を想像していただきたい。
December 31. PM 20:45、場所は日本武道館。「輝く 日本レコード大賞」。
会場にドラムロールが響く。司会の堺正章が封に鋏を入れる。そして読み上げる。
「第○○回 輝く日本レコード大賞 大賞は「I'm Proud」をお歌いになった華原朋美さんです」
一斉にスポットが華原の席に集る。しかし、そこには居るはずの彼女と小室哲哉の姿はない。騒然とする会場。
――――ちょうどその頃、武道館から首都高速へ駆けあがった一台のリムジンがあった。リムジンに備え付けられたテレビの画面は混乱する会場を映しつづけている。それを見ているのはステージ衣装のままの華原朋美と小室哲哉だ。 抱きしめあったままの二人は悪戯を楽しむ子供の目でしばらく画面を見つめ、一瞬視線を交し合い微笑むとテレビを切った。 リムジンは空港へ向かっている。そして空港には二人を南のプライベートアイランドへと運ぶ専用ジェットが待機している。
明日には「華原朋美 衝撃の大賞辞退」のニュースが、明後日には「華原朋美 電撃引退」のニュースが日本を駆け巡るだろう。
二人は目を閉じ、手をきつくからみあわせた。その手にカメラがアップする。二人の手首にはお互いの愛の証であるLOVE BRACEがそこに光っている。
物語はここで終わりである。

そして映画のエンドタイトルのようなピアノバージョンの「I Believe」が流れてアルバムはエンドとなる。


完璧な作品だ。シンデレラストーリーとして成長物語として実によくできている。イエから弾き出された若者が冒険と恋を重ね、イエへと回帰する。その通過儀礼の場として「芸能界」がある。百恵神話の骨格をスマートにまとめていてすばらしい。 それを作り上げた脚本家であり、監督であり、ヒロインの相手役である小室哲哉は見事に華原朋美を盛りたてているし、ここでの華原は例えようのない輝きを放っている。


このアルバムを初めて聞いた時「こりゃ小室哲哉、華原朋美ときっちり結婚しないことには詐欺だよッッ」とひとり声をあげてしまった。
これで相手が本気にしないほうがおかしい。こんなアルバム作っておいてただの「お付き合い」で終わりなんてったらどう考えても相手が可哀相。ほとんど契約不履行だよ、と。

この後、小室哲哉はこの1枚の成果だけを残しておよそ無意味な曲を華原朋美にあてがうようになる。
「Save your dream」はまだ『LOVE BRACE』の物語の後日談という響きを持っていて、まだ意味があった。しかしそれ以後はむちゃくちゃだ。2枚目『Storytelling』は寄せ集めの駄曲のオンパレードだし、 ワーナーに移籍しての『Nine cubes』にいたっては駄作以前の作品である。―――作品として成立しているのか、このアルバムは。 そしてこのアルバムを最後に小室哲哉プロデュースは終了する。

小室哲哉からしてみれば、とにかく『LOVE BRACE』というアイドルのシンデレラストーリーを表現したアルバムを作りたかっただけで、はなから「華原朋美」というひとりの歌手であり女性である彼女のその後のことなどまったく考えの外であった。 小室哲哉という人間にとっては華原朋美という存在は『LOVE BRACE』というアルバムだけの存在であって、それ以外の部分は歌手としてもひとりの女性としても「用なし」だったのでは、というのが私の見立てである。

そうした小室哲哉の残酷さや薄情さといったものは彼の音楽とその嗜好の入れ代わりの激しさで当時からよく知っていたし、そこから導き出されるであろうこれからの顛末にもわたしは薄々気づいていた。だからこそ当時の私はそう声を荒げたのだった。
そしてしばらく。その予感はあたり、それは現実のものとなったわけである。

小室哲哉というアーティストは多分にマッドサイエンティスト的である、とわたしは思う。あらゆるものを俎板の上の「素材」程度にしか見計らっていないように見えるのだ。 とはいえ、彼のアンファンテリブルじみた無邪気な非情さこそが彼の商業的成功とこの作品のような名盤を生むわけである。 ここでいたずらに彼を非難することは彼の音楽家としての履歴を知り、評価するひとりとしてそれはできない。 だが、やはり思う。実験体にされたモルモットはどう見ても可哀相だ。と。


数日前、フジテレビ系「僕らの音楽」で小室時代から現在までのインタビューを受けている彼女の姿を見た。
彼女はやはり、という感じで「I'm Proud」を歌っていた。小室哲哉がつけた残酷な烙印は決して消えない。 彼女はメディアに出る以上この物語にピリオドを打つことができないだろうという気がした。 彼女は12時過ぎのシンデレラをこれからもずっと演じるだろう。

2004.11.06
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