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本田美奈子 『Junction』

(1994.09.22/PHCL-5010/マーキュリー)

1.祈り 2.ポジティヴに愛して 3.愛の讃歌 4.アマリア 5.My Love of Destiny 6.風流風鈴初恋譚 7.BBちゃん雲にのる 8.さあね 9.命をあげよう 10.つばさ 11.すべてが変わるだろう


1980年11月7日。歌手・越路吹雪は胃がんでこの世を去った。
越路には強力な三人のプロデューサーがいた。
越路に数多くの作品を提供した作詞家・岩谷時子、彼女の夫で作曲家の内藤法美、そして彼女のレコーディングディレクターの渋谷森久。 この三人の手によって、手厚く守られ築きあげられたのが、越路の歌の世界であった。

越路が亡くなってしばらく後、岩谷時子はひとりの女性と出会う。
本田美奈子。
岩谷はミュージカル「ミス・サイゴン」の訳詞担当として、本田はその舞台の主演として参加していた。 岩谷は、本田美奈子の歌声になにを見たのだろうか。 「ミス・サイゴン」千秋楽から一年もたたない94年、当時既にほとんどポップスの詞を作らなくなっていた彼女は、旧友・渋谷森久を呼び寄せ、ふたりで本田美奈子のアルバムのプロデュースに挑むことになる。 それがアルバム『Junction』である。



このアルバムには、越路の代表作「愛の讃歌」、 さらに越路の夫、内藤法美作曲で越路のレパートリーであった「アマリア」が収録されている。 岩谷は、本田に越路の幻影を見たのだろうか。それはよくわからない。 そうでもあるし、そうでもない、というのが正しい解釈かもしれない。
ただこのアルバムは、本田美奈子がありし日の越路吹雪のように、「うた」を歌える歌手に成長した、本当に人の心に伝わる「うた」が歌える歌手になったことしていることを証明したアルバムであることは確かだろう。 実にMINAKO with WILD CATS 名義での「豹的 -TARGET-」以来、五年ぶりのオリジナルアルバムであったこの作品は、 まさしく本田美奈子にとって、大きな一手であった。



アルバムは、オープニングのグレゴリアンチャント「祈り」からしばらく包容力のある大きな歌が並ぶ。 「祈り」は荘厳なオルガンの音色が美しし響く敬虔なる作品。「おびえる子供らに 救いを」の部分に「ミス・サイゴン」での本田を重ね合わせて、のオープニングといっていいだろう。
続く「ポジティブに愛して」はイントロとひら歌は「祈り」の重い世界を引きずりつつも、それがサビになって一転、大空に駆け上がるように伸びやかな本田の歌声が響きわたる。陽性で努力家で、裏表のない彼女の本質が表現されているといっていい。
越路吹雪のカバー二曲「愛の讃歌」と「アマリア」は、越路と比べてしまうとどうにもまだまだ未熟な部分が目立つのだが、27歳の表現としては、充分な出来といえる。もっと年を重ねて、様々な涙を重ねていけばもっとよくなるだろう、そういう期待が持てる。
「My Love of Destiny」もこれからの本田美奈子のスタンダートなりうる佳曲。新曲なのだろうが、どこかで聴いたことあるような、懐かしさとおおらかさが漂う。作曲は「思秋期」の三木たかし。手堅い。

ここまでの流れが一転するのが「風流風鈴初恋譚」から「さあね」までのパート。 ここはアルバムでは傍流だが、歌手・本田美奈子の可能性の広さをさらに見せつけられる部分でもある。

「風流風鈴初恋譚」はデビュー当時の石川さゆりや森昌子を彷彿とさせる今は失われた"清純少女演歌"の世界。一時、本田は演歌転向宣言をした(――直後の「ミス・サイゴン」の抜擢によって楽曲を発表することなく白紙になったが)のだが、その時のストック楽曲だろうか。 元々母が歌う美空ひばりや江利チエミの歌を聞きながら育ったという彼女であるから、出来は磐石。ちょうどこのアルバムの前年に演歌転向している本田の同級生の長山洋子との聴き比べも面白いかもしれない。

続く「BBちゃん雲にのる」は陽気なチャールストンで、あけっぴろげに男性を挑発する。 これは往年のミュージックホールやキャバレーの再現であろう。 かつて"マリリンモンローのように"と「1986年のマリリン」を歌った彼女であるが、今回はブリジットバルドーの小悪魔的な魅力を表現しようということか。 とはいえアイドル期のセクシー路線のような、聞いて気恥ずかしくなるような部分はない。 作詞の阿久悠と作曲の深田太郎は本田の子供のような奔放で天真爛漫な良さをしっかり理解し、その上で「古き良き世界」をきちっと再現しているし、 本田もエンターテイナーとして、地に足につけた余裕のある歌唱でこなしている。

「さあね」は「BBちゃん雲にのる」とまったく同じ作家陣による打ち込み系の歌謡ロック。 これはおそらく山口百恵「プレイバック Part 2」や中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」を下敷きにしたものだろう。 失恋の痛手を振り切るように目的もなく湾岸道路を西から東へ車で飛ばしている女性。 そんな自分に「なのにいま頃、どこに行くのよ」ともうひとりの自分が語りかける。 それを「さあね、さあね、さあね」と「さあね」の六連発で投げやりにつっぱねる。 車中を舞台に、女性の心理状態を腑分けするように歌が進む。このあたり「飾りじゃ〜」などとほとんど同じで、 まさかこういう詞を阿久悠が作るとは思わなかった。

ここの三曲は自身のアイドル時代の歌い納めとも、リベンジとも見てとれる。 演歌風だったり、セクシーであったり、いきがったツッパリであったり、なんとか周囲から認められたいと願ったすえに暴走した「ミス・サイゴン」以前の彼女――アイドル時代の彼女の世界を集約したものといえる。 もちろん、かつてのような、子供が似合わない服を着て強がっているような背伸びの印象は、ここにはない。 本田は、大人の女性として、歌手として、エンターテイナーとして、かつての自分に微笑みかけるように、このパートをこなしている。 一見バラバラ並びの楽曲であるが、彼女の歌手としての履歴を思うと、これは必然といってもいいものか、と思えてくる。 それは思い込みに過ぎないだろうが、とはいえ、それを喚起させるだけの表現力をこの時点で彼女が持ちえている、ということは事実だ。 前半パートの越路吹雪のカバーとともに「あ、本当の歌手になったんだな」と、実に感慨深くなる。

そしてこのアルバムのハイライトとなる「命をあげよう」〜「つばさ」〜「すべてが変わるだろう」となる。 この部分は、まさしく本田美奈子の本領発揮といっていい。 ひとつひとつ説明するよりも先に、ひとまず聴いて欲しい。
「命をあげよう」はいわずとしれた「ミス・サイゴン」のメインテーマであり、アイドル期以降の彼女の代表作品といってもいい。 絶品の歌唱であるが、特に「目覚めれば、恋しい人影がよぎる」からの部分の歌の表情の移り変わりは圧巻。予備知識を何も知らずとも、もし日本語がわからなかったとしても、歌声の向こうに物語が見えてくる。

つづく「つばさ」も凄い。これも後期の彼女の代表作だろう。 陰影や苦悩の向こうにそれでも希望を見出そう、という彼女の本質にもあったおおらかな歌で、彼女の声の表情も豊かで、大空を滑空するようなの心地よさがある。 白眉はもちろん大サビの直前の30秒弱にも及ぶロングトーンで、これはもう、なんというか、その実力も凄いが、歌に対してこんな生真面目に、余計な小細工なしに、真正面から強行突破していく歌手というのも今時珍しい。 いつだって思ったことを裏表なく発言して、それでぶつかったことも周囲からの冷笑を受けたことも多い彼女だが、決して曲げずにただひたすら歌だけを見つめて自己研鑽を重ねていた彼女らしい歌唱だ。彼女には尊敬をこめて"歌バカ"といいたい。
ラストは「すべてが変わるだろう」は前2曲の壮大さを受け止めるように優しい。 「全ては変わる 君は両手を広げてりゃ いいよ 幸せ もらうために」と我が子に語りかけるように、 あるいはわが家のともし火のように本田は、これほどにもなくやわらかく歌う。



オープニング「祈り」から「命をあげよう」「つばさ」を経て「すべてが変わるだろう」までにいたる このアルバムのテーマは「母性」といっても差し支えないだろう。

元々本田美奈子はアイドル時代から、いわゆるアイドルらしい男女の恋歌よりも、 友情を歌った「CHARLIE」「カシスの実」や、 青春の痛みを歌った「Feel like I'm running」「スケジュール」「Oneway Generation」「孤独なハリケーン」、 また過ぎ行く時の哀切を歌った「Golden Days」などスケールのある歌や温かみのある歌に独特の良さの出る歌手だった (――逆に成熟した男女の性愛の機微というのは、まっすぐな性格の彼女には元々苦手なものだったのか、それともただ晩熟なだけだったのか、いまいち思い込みの領域を出ていない感じが最後まであった)。
彼女は時や運命などといった大きなテーマと相対して歌って、まったく揺るがない。 このアルバムはアイドル時代からそういった傾向が散見された彼女の、歌手としての大器の片鱗がはじめてメインに据えられ、表現された作品といえる。 彼女は馬鹿正直なほどに馬鹿正直な歌を馬鹿みたいなパワーで歌って、人を感動させる。小細工いっさいなしの歌手として成長した。 これからの彼女は、いい歌をどんどん歌っていくだろう、と当時の私は思った。

ちなみにメインアレンジャーは萩田光雄、彼の温もりある音作りの手腕はここでも光っている。 その合間に見岳章、鈴木豪などの打ち込みアレンジが、いいさじ加減で挿入されていて、厭きない。



その後彼女は、自身を振り返るような内省的でプライベートの匂いの漂うアルバム『晴れ、ときどきくもり』を翌95年にリリースするも、以降再びアルバムのリリースは滞ることになる。 そうした逆境にも彼女は決して負けることなく、その間にもミュージカルでのキャリアを着実に重ね、また歌えるところならどこへでも行くとばかりに様々な小さなステージを重ね、また散発的ながらもアニメの主題歌などでシングルのリリースを重ね、歌手としての表現力を磨いていった。――この時期の個人的なベストは「風のうた」(アニメ「Hunter×Hunter」テーマ)。

そして03年、ソプラノボイスによるクラシッククロスオーバーのアルバム『Ave Maria』で、実に8年ぶりのオリジナルアルバムリリースすることになる。 『Junction』と同じく、このアルバムでも岩谷時子は本田美奈子を作詞面で大きくバックアップしている。これは岩谷時子と井上鑑、本田美奈子の才能が重なって生まれた佳盤といっていい。
さらに本田美奈子自身も岩谷に影響されたのか、最近は"詞が書くのが楽しい"と発言、04年のアルバム『時』では岩谷らの作詞家陣に混じって、4曲日本語詞を担当した。

これからもっともっと彼女は歌手として伸びていくだろう。私はそう思った。彼女の歌手としての本領はこれからだ、と。 彼女の今の歌のよさに気づいて来た人も少ないながらも生まれてきたのだろう、元アイドルでない、今の本田美奈子に焦点を当てて、彼女を紹介するテレビ番組も増えてきた。
しかし、そんな期待をあっけなく裏切るように、彼女は病魔に倒れた。

そして越路吹雪がなくなってからちょうど25年に1日たりない2005年11月6日、本田美奈子もまた、早すぎる生涯を閉じた。




いま、どうやってこのテキストをまとめようかと、私は思いあぐねている。
本日の日付は2005年11月7日、彼女の死から一日しか経っていない。
このアルバムで見せた彼女の可能性の片鱗は、結局大きな実を結ぶことなく、彼女は大輪の華を咲かせることなく、運命の手のひらに無残に手折られた。
病室でもボイストレーニングを欠かさなかった、というエピソードを聞くたびに、志半ばに倒れた彼女の無念を感じ、涙を禁じえない。
ただひたすら歌を歌うために生きてきた38年。
今はただ、安らかに。

2005.11.07
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