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メイン・インデックス歌謡曲の砦>沢田研二コンサート 「人間60年・ジュリー祭り」

沢田研二コンサート 「人間60年・ジュリー祭り」

(08.12.03/東京ドーム)


【第1部】  1.そのキスがほしい  2.60th.Anniversary Club Soda  3.確信  4.A.C.B  5.銀の骨  6.すべてはこの夜に  7.銀河のロマンス  8.モナリザの微笑  9.青い鳥  10.シーサイド・バウンド  11.君だけに愛を  12.花・太陽・雨  13.君をのせて  14.許されない愛  15.あなたへの愛  16.追憶  17.コバルトの季節の中で  18.MON AMOURE JE VIENS DU BOUT DU MONDE (巴里にひとり)  19.おまえがパラダイス  20.6番目のユ・ウ・ウ・ツ  21.晴れのちBLUE BOY  22.Snow Blind  23.明星  24.風は知らない  25.ある青春  26.いくつかの場面  27.単純な永遠  28.届かない花々  29.つづくシアワセ  30.生きてたらシアワセ  31.green boy  32.俺たち最高  33.睡蓮  34.ポラロイドGIRL  35.a.b.c...i love you  36.サーモスタットな夏  37.彼女はデリケート  38.君のキレイのために  39.マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!  40.さよならを待たせて  41.世紀の片恋  42.ラヴ・ラヴ・ラヴ 
【第2部】  43.不良時代  44.Long good-by  45.涙  46.美しき愛の掟  47.護られている I love you  48.あなただけでいい  49.サムライ  50.風に押されぼくは  51.我が窮状  52.Beloved  53.やわらかな後悔  54.海にむけて  55.憎みきれないろくでなし  56.ウィンクでさよなら  57.ダーリング  58.TOKIO  59.Don't be afraid to LOVE  60.約束の地  61.YOU ARE LADY  62.ロマンス・ブルー  63.TOMO=DACHI  64.神々たちよ護れ  65.ス・ト・リ・ッ・パ・ー  66.危険なふたり  67.おまえにチェックイン  68.君をいま抱かせてくれ  69.ROCK'N ROLL MARCH  70.カサブランカ・ダンディ  71.勝手にしやがれ  72.恋は邪魔もの  73.あなたに今夜はワインをふりかけ  74.時の過ぎゆくままに  75.ヤマトより愛をこめて  76.気になるお前  77.朝に別れのほほえみを  78.遠い夜明け  79.いい風よ吹け  80.愛まで待てない 

Vo.沢田研二 Dr.GRACE Gt.下山淳 Gt.柴山和彦 Key.大山泰輝

 はじめに、私の沢田研二との関わりを語ることを赦して欲しい。
 高校生の頃だった。当時私は中島梓(栗本薫)に心酔していたのだけれども、「美少年学入門」をはじめ、彼女は70〜80年代に著したエッセイでことあるごとに沢田研二がいかように素晴らしいかを語っていた(――ちなみに創作においても、沢田研二と彼にかかわりの深い者たちをモデルにした、恐らく日本初のナマモノパロやおい「真夜中の天使」を彼女は上梓している)。
 ほほう、そんなに素晴らしいのか、ジュリー。そんなことをなんとなく記憶にとめていたある日のある昼。学校を休んで、ベッドの上でぼんやりしていた時、つけっぱなしにしていたラジオから、ジュリーの歌が流れ出してきた。NHK-FMの「ひるの歌謡曲」だったと思う。その日はジュリー特集で、45分間ずっと彼の歌づくし。わたしは思わずカセットテープでそれを録音した。
 「TOKIO」「ダーリング」「カサブランカ・ダンディ」「サムライ」「勝手にしやがれ」「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」――。おお、知ってる知ってる。へー、こんなのもあるんだ。それにしてもいい曲いっぱいだな。
 さらに興味を深くした私は、数日して、三枚組のシングルコレクション「ロイヤルストレートフラッシュ・スペシャル」をレンタルした。ソロデビューから85年までの全てのシングルが収録されているそのアルバムを聞いて驚倒した。
 なんだ、この、圧倒的な曲のバリエーションとボリューム、そしてこの完成度。聞き込むと、遠い昔に幼児の頃におそらくテレビで見かけ、すっかり忘れ去っていた彼の姿も、思い出されてきた。「ダーリング」では、どこかの球場で水兵服でうたっていたな、「サムライ」はナチスの軍服、「TOKIO」はパラシュート!!!。
 ほどなくNHKの「ふたりのビックショー」に彼が郷ひろみとともに出演した。見た。今でも、よゆーで現役やんっ。
 91年の25周年記念ライブアルバム「ジュリー・マニア」も聞いてみた。なんて激アツなんだっ。収録の約半数がアルバム曲で、しかもそのクオリティーの高さ。シングルだけでも名曲だらけなのに、アルバムにもこんなに。このジュリー鉱脈は底知らずなのか。これはオリジナルアルバムも聞かねば。
 セルにしてもレンタルにしても、なかなかジュリーのアルバムは私の住む街で置いてあるところがなかったけれども、それでも探した。 「Really Love Ya」「夜のみだらな鳥たち」「架空のオペラ」「ワンダフルタイム」「今度は華麗な宴にどうぞ」「彼は眠れない」「告白」「パノラマ」「単純な永遠」……。 好きなアルバムもあった、そうでないアルバムもあった。色んなタイプのアルバムがあった。少ない小遣いをやりくりし、街中のジュリーのアルバムを探して、聞いた。
 それが93年、ジュリーの新譜が「Really Love Ya」だった頃の話。
 その後、94年のジュリー紅白復帰に狂喜し、96年の30周年記念全アルバム低価格リイシューに一気に買い揃え、01年のジュリーテレビ復活に慄き半ば期待半ばで見守り、――と、わたしのジュリーとのかかわりは続いていたのだけれども、いつしか少しずつその熱は冷めていった。
 01年に東芝EMIとの契約を終了し、その後、インディーでリリースされた作品がなじめなかったというのもある。 全盛期の彼の歌番組での姿を収めたDVD「怪傑ジュリーの冒険」と、ついに復刻DVD化したTBSドラマ「悪魔のようなあいつ」の両作で、わたしの、一方で追い求めていた「まだ見ぬ輝ける過去のジュリー」をついに見てしまった、というのもある。
 いつしか、わたしにとって「沢田研二」という存在は、過去の膨大な名曲と美麗な映像とによって、終止符が打たれていた。
 だから、還暦を迎えたジュリーが東京・大阪の両ドームで六時間半を越えるロングランライブを開くという話を聞いた時も、行くべきなのかどうか、最後まで迷いつづけた。
 はたしてわたしはそこにいる資格のあるファンなのか、どうか。私は既に彼の由緒正しいファンたり得てはいなかった。 今の彼を純粋に追いかけてもいないし、かつての彼とともにいた期間もまた短すぎる。
 ――が、結局、私は当日天井桟敷のチケットを片手に後楽園駅を降りていた。 アリーナ席にしなかったのは含羞である。わたしはそんな身分じゃない。



 さて、会場は黒山の人だかりであった。
 アリーナは通路を広めにとっていたし、1階2階席も開放していない部分が多く、あらかじめゆったりめの席配置だったけれども、それでも会場はほぼ満員の三万二千人。球場でのコンサートは「TOKIO」大ヒット時の80年の横浜スタジアム以来、である。 CDはインディーズでのリリース、ここ数年の東京でのライブが渋谷公会堂(C.C.レモンホール)のアーティストとは思えない盛況ぶり。
 こんなにも多くの人にジュリーは愛されていたのか。90年代のジュリーしかリアルタイムではしらないわたしは純粋に驚いた。
 客層は、50〜60代の女性が圧倒的に多い。恐らく日劇ウェスタンカーニバルの頃からおっかけしていた面々なのだろう。客席の約八割がそれ。 次にその付き添いといった感じの同世代の男性、さらに、ジュリーの歌を子守唄に育った40〜30代。意外や意外、どこでジュリーを知ったのか、20代もちらほら。ファン層は広い。
 女ファンは、ジュリーをまるごと愛でている感じで、男ファンは、ちょっと自分もバンドとかやってそうな、ジュリーの音楽愛に共感しているような感じの人が多いかな。
 物販に寄ると、既にパンフレットやいくつかのCD・DVDは売り切れている。音楽アイテムはジュリーレーベルから発売されたものだけが並んでいる。 ちなみにこのコンサートの主催はジュリーの個人事務所、ココロ・コーポレーションのみ。これだけの大箱であるのに、放送局やレコードメーカーが関わっていない、大手企業の協賛すらない。
 定刻三時。客電落ちる――が、ドームの白い天蓋では、太陽光が透過し、実に明るい印象のまま、多くの客が席を探して右往左往するのも気にとめずに、音が鳴りはじめる。時間がないのだ。細かいことにかかずらわっているわけにはいかない。 白いインディアンスタイルの沢田研二があらわれる。全80曲の一曲目は「そのキスが欲しい」。ドームで音の出せる21時半ぎりぎりまでのロングランが始まった。
 オープニングは、六時間半の長丁場ということもあろう、二階席はかなり体力をセーブしている模様。近年の、知名度の低い楽曲が並んだこともあいまって、立ち上がるものも少なく、拍手もまばら。
 そう、今回のドームコンサート、還暦を迎えたジュリーの記念ではあるのだけれども、あくまで毎年行っているツアーの一環でしかないのだ。 であるから、大掛かりな仕掛けもないし、ゲストも招待しない。舞台の上は、ツアーを回ったメンバーたちだけ。ドームということで、大型ビジョンを左右に配置しているけれども、特にこれといった趣向はなく、セットリストもツアーの延長、あくまで「今のジュリー」を表現しているライブなのだ。
 このはじまりに、今のジュリーをよく知らない多くの聴衆は拍子抜けしたのだろう。 アリーナを見ると、今でも熱狂的なファンの集まっているのだろう、既に爆発している。この対比が、圧倒的な知名度を誇る「沢田研二」と、まったくもって知られていない「沢田研二の『今』の歌」のアンバランスを象徴しているようで、わたしは少々哀しくなった。 めっさカコイイ疾走ロック「そのキスが欲しい」、タイガース時代からのファンには涙なしは聞けない「A.C.B」や、感動大作「銀の骨」、クールな佐野元春作品「すべてはこの夜に」など、冒頭から佳曲並びなのに、二階席は、へー、こんなのあるんだあ、という空気。
 そのちょっと冷めた空気が払拭され、ジュリーと会場が完全に一体化しはじめたのが、「銀河のロマンス」から始まったタイガースヒットメドレーから。 イントロとともに歓声があがり、「シーサイド・ゴーバウンド」では「ゴーバン」と客席はみな片手をあげ、「君だけに愛を」ではジュリーが「君だけに」と指差すたびに狂気の悲鳴。鳥肌が立つほどの一体感。ここは日劇か? そのまま21曲目「晴れのちBlue Boy」までヒットメドレーで、薙ぎ倒していく。



 限られた時間のなかでの全80曲、時間があるとはけっして云えない。 いつもの曲間の漫談風の楽しげなトークは一切なく、ジュリーはありがとうと言葉少なく客席に頭を垂れて、すぐに次の曲となる。
 余分なところに注力することなく、ジュリーは歌一本で、ひたすら熱く燃えていく。
 CO-COLO時代の名曲「明星」には、どこか宗教的ともいえる静謐な空気が場内を立ちこめ(――って、CO-COLOの曲が今回これだけってのはちょっと不満だったぞっ。「アルフ・ライラ〜」とか「女神」とか「チャンス」とか「Steppin' Stone」とかも聞きたかったっ) ソロ初期の名曲、作者の森田公一がトップギャランを率いてカバーしたこともある「ある青春」では、はるか彼方に過ぎ去った若き日を追想するように歌いあげる。
 そして、今は亡き河島英五が75年にジュリーにプレゼントした「いくつかの場面」では、ジュリーは滂沱の涙を流しながらの歌唱となる。歌詞が彼の胸に響いたのだろう。
いくつかの場面があった 瞼を閉じれば
喜びにくしゃくしゃになったあの時 あの顔
さびしさにふるえたあの娘
怒りに顔を引きつらせて去っていったあいつ
泣きながら抱きあっていた あの人のことを

いつもなにかが歌うことを支え
歌うことが何かを支えた
出来るならもう一度 僕の周りに集まってきて
やさしく肩叩きあい 抱きしめて欲しい
「いくつかの場面」(作詞・作曲 河島英五)
 デビューして40数年、様々なドラマがあり、様々なスキャンダルもあり、様々な出会いや別れもあった。  あの頃、いっしょになって「沢田研二」を築きあげてきた仲間たち。今はもう、散り散りになってしまった仲間たち。
 安井かずみ、阿久悠、久世光彦、渡辺晋……、思えば鬼籍に入ったものも少なくはない。
 ジュリーは涙に濡れながら、この会場にいる、そしてこの会場にたどり着けなかったすべての魂を呼び寄せるように大きく腕を広げ、そして、やさしく抱擁した。
 三万二千の聴衆の意識が、ジュリーの立つ一点に向かって吸い込まれていく。まさしく前半のハイライトであった。



 さすがに30曲を越えたあたりで、あまりよく知られていない90年代以降のアルバム曲が並んだのもあいまって、再び聴衆の集中力は切れだしてく。 拍手はまばらになり、小腹が空いたのか、お菓子を口に入れる者、トイレか、はたまた一服か、立ち上がるもので二階席はがやがやとしだす。
 曲によってはイントロで「この曲は聞かなくてもいいや」とばかりに一気に多くの人が立ち上がった。 「サーモスタットな夏」「a.b.c...i love you」など、どう考えても完成度の高いアゲアゲのジュリーズ・ロケンロールなのに、聞き手は残酷なものだ。
 しかし、舞台の上のジュリーのテンションは、まったく変わらない。
 はたと私は思った。
 ああ、そうか、これが40数年のジュリーの歌手活動だったのだな。
 売れた曲もある、売れなかった曲もある。日本一に輝いた時期もあれば、多くの人から忘れ去られていた時期すらある。だけれども、ジュリーはいつも全力投球だった。
 「いまの僕を認めず席を立つなら、それでいい、僕は僕のいまを応援してくれる人のために、一所懸命になるだけだ」
 そうやって彼は、今と、その先を信じて、ただ歌いつづけることしか、してこなかった。
 たしかにこの40数年、彼の容姿も声も――この世に生を受けたものがみなそうであるように、大きく変わった。10〜20代のガラス細工のように繊細な彼は見る影もないが、低く深くなったその声の、艶と表現力は決して失われてはいない。 年齢の分、たしかに彼は、歌手として変化し、深化している。
 「彼女はデリケート」「君のキレイのために」では、まるで昔のように広大な舞台の右へ左へと爆走しながら、ジュリーは歌う。歌はまったく乱れない。歌い終えて思わず「もう、ボロボロ」そう、彼は声をあげた。
 そのように40数年歌いつづけ、駆け抜けたボロボロのジュリーが、しかし、輝いていた。
 「ラブ・ラブ・ラブ」では千人のコーラス隊を従えて、高らかにラブアンドピースを謳い、第1部は終了した。



 「六甲おろし(Rock 黄 Wind)」をB.G.Mにテニスラケットを抱えたジュリーが、客席に向かって、サイン入りのテニスボールをいくつも投げるというサプライズサービスなどもあり、約二十分の休憩もあっという間に過ぎて、すぐに第二部開始。 ここからは、ニューアルバム「Rock'n'roll March」からの全曲とヒットメドレーが中心の構成。
 今度は赤インディアンに着替えたジュリーは京都での少年時代を歌った自作「不良時代」を懐かしむように、愛おしむように歌いあげる。
 そして続いて「Long good-by」。知っている人は知っているのだろう。イントロが鳴り小さな悲鳴がおこった。 今年のアルバムに収められた一曲。作詞は沢田研二と岸辺一徳、作曲は森本太郎。タイガースのメンバーの三人が、かつてのメンバーの瞳みのる――タイガース解散の後、たったひとり、芸能界を後にした彼へ向けたメッセージソングである。

こんなに長い別れになるなんて
あの時は思わなかった
23歳の時だったね
一緒に帰ろうっていわれたけど
僕にはどこへ帰るのかわからなかった
君は多分友達に戻ろうっていったんだね
「Long good-by」(作詞 沢田研二・岸辺一徳/作曲 森本太郎)
 ただ、ひたすら泣ける。
 彼の眩しい決断に、どう答えればいいのかわからずに「だから多分、僕は笑っていたのかもしれない」ここが、もう、泣けるのだ。
 同じくニューアルバムからの「護られている I love you」は、今際のきわに、一生を添い遂げた恋女房に向けて、七色の橋のたもとで落ち合おう、そして一緒に手を取り河を越えようと約束する歌。
 愛の溢れる六十歳のラブソング。これはいまのジュリーでしかたどり着くことの出来ない境地。唯一無比の老人ロックの世界である。
 さらに、再び千人のコーラスを従えた「わが窮状」は憲法第九条讃歌。そう、ジュリーは昔っから、とってもシンプルなラブ・アンド・ピースの人なのである。
 タイガースの貴公子であった無垢できらきらとした美少年の頃、傾城の美女もかくやと思わせる妖しい麗人であった美青年の頃、眉間に険のただよう苦悩に苦みばしった美中年の頃、それらを通り過ぎて、すべてをふりきって無邪気な好々爺と化したいまのジュリーがそこにはいる。
 そうなのだ。ぐるりと時代をひとまわりして、彼がたどり着いたのは、歌が好きでロックが好きで愛が好きでみんなが好きな、十代のジュリーの、あの場所なのだ。



 後半戦も深まると、ヒット曲であるかどうかなどという些細なことは聴衆の多くがどうでも良くなってきたようだった。 ひとつのドキュメントを見るように、じっと舞台の上のジュリーをみなが見守っていた。
 そして、ある時はジュリーと一緒に歌い、ある時はジュリーと一緒に踊る。 会場にいる誰もが知っている「ダーリング」「勝手にしやがれ」「憎みきれないろくでなし」などでは一体となって、あの振りつけを真似した。
 みんながジュリーを愛している。そして、ジュリーもまたみんなを愛している。
 五時間も過ぎると、客席を気づかうようなちょっとしたMCで聞かれるジュリーの声は、聞き取りが難しいほどに悲惨なまでにがさがさに荒れているのに、 歌いだすと、まるで不思議な魔術にかけられたように、ぴぃんとした張りとしなやかな艶が彼の声から立ち表れた。いや、むしろ、はじまった頃よりも、声の伸びも艶も増している。 歌の神様が、たしかに、いま、彼に微笑みかけていた。

 コンサートの終盤、今回、唯一といっていい長いMCがあった。 その場での速記と記憶をつなぎ合わせたものでけっして正確ではないが、沢田研二という歌手の実存に触れるような感動的なMCだったので、ここに記しておく。
 昭和41年に上京し、昭和42年ダイガースでデビューしました。タイガースの時代は私にとっても宝物です。まさに夢のようです。
 僕は夢見る男ではありませんでした。タイガースでみんなに夢の中へ連れて行ってもらいました。 それからずっと今も夢の中にいます。けれど、夢の中で夢を見ることはできません。
 だから現実をひとつひとつ踏みしめてきました。日々の暮らしを一歩一歩踏みしめて来ました。 そして今日、またこうやってみんなに夢の中に連れてきてもらえました。
 この夢はそうそう長く続くとは思っていません。みなさんのおかげで夢がみれました。
 60歳にもなって三万人。本当に嬉しさの極みです。また明日からしっかりと日常を暮らして行きたいと思います。そして一日も長く歌っていきたいと思います。
 ありがとう。ありがとう。ありがとう。
 数多くの聴衆の投げかける夢のなかで生きるジュリーは、夢みることが出来ない。のか。 その代わり、聞き手の、わたし達が彼に託す「なにか」、それを叶えることが彼にとっての夢になる。 そのために、ジュリーはたゆまぬ努力を地道に積み重ねてきた――。
 ありがとうと聴衆にかける彼の言葉は、まぎれもない赤心であった。そしてそれは、わたしたちがジュリーに捧げる言葉でも、あった。

 歌手生活40数年、沢田研二よりも活動年数の長い歌手もいるかもしれない。しかし、その密度と着実さにおいて、彼を凌ぐ者は日本にはいないのではないだろうか。
 あまり知られていないことだが、彼は、デビュー以来、現在に至るまで、毎年のニューアルバムと全国ツアーを一切欠かしたことがない。一切、だ。 事務所独立のトラブル時も、レコード会社の移籍時も、バンドからソロへの活動転換時も、まったくそのふたつを欠かしたことはなかった。
 これは確実に日本芸能界では、不倒の記録である。バンド期を含めると沢田研二には50枚ものオリジナルアルバムがある(――これに居並ぶのが沢田の一年先輩の加藤登紀子である。結婚・出産・移籍・夫との死別などなど、様々な状況下でも、常にニューアルバムを出しツアーを組み、しかも現在においてもそれを続けている――が、彼女の場合、タイミングや戦略などの都合でアルバム発売のなかった年もほんの少しだけだが、ある)。
 同時期のG.S.仲間たちはもちろん、その一つ下の世代、陽水や拓郎、ユーミンやみゆき、あるいは、ひろみや秀樹ですら、大御所になり、加齢するにつれて活動が鈍化していくのに、倦まず弛まず着実に「今の自分」をジュリーは表現してきた。 このライブにおいても、安易なノスタルジーに染まらず、頑固なまでにその姿勢を貫きとおしていた。
 ついに80曲目は「愛まで待てない」。96年作の豪速球のジュリーズ・ロケンロールだ。現在進行形のジュリーが爽快に決まった。
 そして、ドーム史上最高齢かつ最長の、メモリアルライブが、本当の終わりを迎えた。計6時間45分。

 会場の明かりがつく。しかし、名残惜しいファンの拍手が止まない。 一度袖に戻ったジュリーが花道に出てくる。最後の最後、耐え切れずに、彼を支えたファンたちが殺到する。 ジュリーは手を振る。ファンも手を振り返す。それは、暖かい光景であった。



 沢田研二が75年に自ら作り歌った「叫び」という小品がある。
振り返ることは好きじゃないから
ただ明日のことを思って生きていこう
みんなにしてあげられることは
ひとつも見つからないけれども 
歌なら歌える
「叫び」(作詞・作曲 沢田研二)
 「わしは見世物や」と嘯き、新曲ごとにギンギラの衣装を華麗にまとっていた、日本中の女性たちの恋人だった頃の彼の、小さな叫び。それにしたがって今も彼は生きている。
 「勝手にしやがれ」でレコード大賞を取って後、彼はこんなことを云っていた(――と記憶している)。
 「大賞は、本当の頂点に至るまでの通過点でしかない」
 またこうとも云っていた。
 「大賞程度、取れなければ、その頂点を目指す資格すらない」
 その倣岸とも言える厳しさ。彼にとっての歌手の頂点とははたしてなんなのだろうか。それは地位や、名声や、財をなすことでは、もちろんないだろう。
 このライブを見て、彼の目指している頂点がなんなのであるか、少しばかりわかったような気がした。
 「命には終はりあり、能には果てあるべからず」
 世阿弥が言うように、芸の道には果てがない。真の花となれば、命の灯火が消えてもまだ花を開きつづけるだろう。
歌いたい 自分のために
歌いたい 声が枯れるまで
死にたい いつか舞台で
死にたい 歌を枕にして
「叫び」(作詞・作曲 沢田研二)

 美空ひばりが亡くなったの52歳の頃である。石原裕次郎も52歳、越路吹雪は56歳であった。しかし、ジュリーはそれを越え、歌いつづける。
 歌の、はてなき頂点への道程をめざして、いつか歌を枕に死ぬ時まで、彼は歌いつづけるだろう。
 その彼の道程は、これまでがそうであったように、すべての歌手のこれからを指し示す大きな道標となるだろう。
 歌に見初められ、そして自らも歌に捧げた沢田研二。歌うたびに祝福し、祝福される沢田研二。彼に幸おおからんことを。

2008.12.08
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