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浅川マキ 「アメーン・ジロー」

「美空ひばり」の系譜?

(「東京挽歌」B面/1967.04.??/ビクター/SV−1001)


あまり演歌のことをよく知らないわたしだけど、演歌の系譜っていったい今はどこにあるのかなぁ、なんてせんないことをつらつらと考えている時にある歌を耳にして、ふと思いたったことがあった。 ということで、その歌「アーメン・ジロー」の話。


といってこの歌を今、知る人はほとんどいないだろうなぁ。
歌うはアングラの女王、ザ・ダークネス、浅川マキなのだが、この歌は浅川マキが寺山修司に見出される以前の幻のデビュー盤「東京挽歌」のB面である。発売は67年の4月、本人が「なんの因果か演歌を歌わされた」といっていたその時期の曲である。
A面の「東京挽歌」は帆歩健太作詞・小林亜星作編曲の典型的なご当地ムード歌謡(―――青江三奈、藤圭子、美川憲一などの世界)なのだが、B面の「アーメン・ジロー」は浅川自身の作詞作曲で、編曲は後のファーストアルバムを担当することになる山木幸三郎が担当している。 そんなわけでこの曲には後の「浅川マキの世界」の原型のようなものも既に垣間見えるのであるが、ただそれだけで消化しきれない妙な感覚もまた私に残すのである。
――――っていうか、これこそ「演歌」の本流なんじゃないの?と。
山木幸三郎のペンによる典型的な60年代のジャパニーズビックバンド風のアレンジに、マドロスのちょっと不幸でのんきな生涯を乗せたこの歌はまさしく「演歌」なんじゃなかろうか、と。


前々から、演歌王道・保守本流の流れ、汎アジア的な歌謡の系譜=美空ひばりの系譜っていうのがどのような変遷をたどっていくのかというのは今後の研究材料として考慮のうちにあったのだけれども、それはここにも繋がっているんじゃなかろうか、とその時ふと思ったのよ。

わたしは美空ひばり→ちあきなおみ、という演歌の系譜があるのではなかろうか、と思っている。でもって、この系譜には八代亜紀、研ナオコあたりも女王としての君臨することはなかろうとも組みこまれているのじゃないかな。と解釈している。
で、一方で浅川マキ→中島みゆき、という系譜もあると勝手に思っていたりもして。ま、これはもうフリージャズ以前の浅川と「ご乱心」以前の中島を聞いていたたければ如実なんだけれどもさ。
でもって、この2つの系譜はどこかでリンクしあっている、むしろ演歌の流れはこの自作自演の流れに合流しているじゃないかなぁ、と、前々から思っていたのね。
つまりは「美空ひばりの継承者、国民的歌謡としての中島みゆき」って仮説。

そのひとつの例証として、ちあきなおみに提供した「ルージュ」があるなんても思ったりもして。
「ルージュ」は大陸・大洋的なゆったりとしてせつない佳曲であるものの、ちあき版も中島版も日本では全く評判にならなかった。 ところがフェイ・ウォンが「容易受傷的女人」としてカバーしたのをきっかけに東南アジアを中心に汎アジア的に大ヒットする。 風媒花のように風に乗って散っていくアジアの歌謡の世界の本質を中島みゆきが捉えていたこと、またそれをちあきなおみに提供したっことがなにかの象徴のように私には見えたのさ。

でもって、ちあきなおみは中島みゆきから楽曲提供を受ける一方で、浅川マキの「かもめ」「朝日のあたる家」なんかも歌っているわけだしさ。この3者は地下水脈で繋がっているな、などと思っていたのよ。でもってその先にあるのは「ひばり」じゃないかな、と。
だいたい私の耳からしたら、歌唱法からしてこの4人はかなり近いところにあるように思えて仕方ない。


なぁんてつらつらと思っているところに、ふとこの幻の「アーメン・ジロー」を聞いたわけだ。 ったら、これがもうびっくり。っていうかこれ、楽曲といい、節回しといい、完全に美空ひばりの世界でしょ。
歌詞の概略をいうとこんな感じ。(や。手元に歌詞カードがないで正確な歌詞がわからないのよ)

みなし児ジローは遠洋航路の船乗り稼業。赤い夕日に祈りこめて歌う奴にいつしかついた仇名はアーメン・ジロー。今日も歌うよ「アーメン」
港の女と所帯を持ったアーメンジロー。赤ん坊が生まれて19のパパ、がんばらなくちゃと今日も祈りを捧げる「アーメン」。
そして半年、南の海で嵐に遭ったアーメンジロー。船は砕かれ波間に沈む。「俺には可愛い坊やがいるんだ」最期のその時奴は叫んだ「アーメン」。
そして港を見下ろす丘、ひとりぽっちで帰ってきたアーメンジロー。ここがお前の墓だよ。お前の愛した愛した港が見えるよ。もう一度歌うかい。アーメンジローよ。「アーメン」


ってこの歌詞からして、もう「美空ひばり」な感じがしません?どうよ。
でもって歌声も、声の緩急のつけ方、低音の海底をはいずるようなところや、声を伸ばす時ににじみでる哀調、歌い方のあらゆるところがこれがひばり的なのよ。
もちろんそれらは浅川マキがひばりの歌唱法を真似ているパクっているという下卑た印象はまったくなく、むしろ自分のなかにあるプリミティブな歌謡感をそのまま出したら、たまたまこうなったという感じで―――中森明菜が山口百恵の歌を歌う時の感じに近い、いったいなんなんだろうなこの相似性は、などと思ってしまった。

や。中島みゆきや浅川マキが美空ひばりの系譜である、と大胆宣言するつもりはさらさらないんだけれども(―――というかもともとそんなことを言いきれるほどこのジャンルに対してわたしは見識がないしね。)、ただ、ひとつの面白い見解として投げかけてもいいんじゃないかなぁ、などと私は思う。
いわゆる世間一般で言う「演歌」のジャンルが平成にはいって死に体同然になって、ではそれまで確実にあった日本的汎アジア的な歌謡の世界、「演歌性」とでも言っていいようなものがどこに着地したのか、それとも着地せずに霧散したのか、というようなことは一考に価するし、そこに全く他のジャンルへのメタモルフォーゼという仮説は可能性のひとつとして提示して損はないかな、と。 その辺りに強い方、是非とも一考していただけたら嬉しいなぁ、と最後は読者に解答をまる投げして今回はおしまい。だって自分でも全く答えが見つからないんだもん。


2005.01.14
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