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大愚・石田純一


このサイト用のくだらないことをつらつらと考えた後必ず妙に醒めた気分になって 郷ひろみの「花とみつばち」のイントロが頭のなかでリピートしてしまうまこりんです。

ということで今回はそんな

♪ どうでもいいけどぉ〜

な話。

すっかりバラエティ番組に染まりきって各方面からいじられまくっている石田純一って案外大物なんじゃないかなぁ、とふと思った。

今から15年ほど前、日本がバブル全盛の頃、彼は「トレンディー・ドラマ界の貴公子」だったわけじゃないですか。
「抱きしめたい」「同・級・生」「君の瞳に恋してる」「想い出にかわるまで」などなどヒット作品に連投。 それこそ今でいったらキムタク(――か、な?彼も今はそこまでの力はないしなぁ)くらいのバリューがドラマ界にあったわけじゃないですか。 それが今となってはかつてのドラマ仕事が何かの悪い冗談だったとしか思えないほどの汚れっぷり。

当時の共演者の浅野温子・ゆう子やら今井美樹やら山口智子やら緒形直人やらそれぞれが今もその人のなりの小利口さで芸能界を生き抜いて高値感を保っているのに、 それに比べこの石田純一の破格ぶり。お前はドラマ界の価格破壊王かっつうの。

や、確かに彼以外にも格落ちした感のある当時のトレンディー俳優ってのはいますよ。吉田栄作とか大鶴義丹とか東幹久とか。
でもさ、彼らにはなんか後ろにねちゃーっと自意識がはりついているじゃない「俺は今はこうだけれども、昔はさ」みたいな屈託が。 そんな都落ち感というか、悲壮感というか、必死さがまったく石田純一から漂っていないのね。それがなんだか凄いぞ、と。

その場の空気を読んで小手先の利口さで器用に立ちまわる人よりも良寛のごとく大愚のまま屈託なく「人の投げるにまかせ、人の笑うにまか」せ、その時のテンションで生きる人のほうが絶対カッコイイと思っている私にとってもしかしたら「石田純一はカッコイイ人」なんじゃなかろうか、 つまり郷ひろみや吉川晃司がカッコイイのと同じ文脈で石田純一はカッコイイのでは、なぁんて思い至ったわけなんですよ。今さっき。

石田純一のサイトの自身のプロフィール(http://www.ishidajunichi.com/profile/index.html)もふるっていて、 「おい、バブルはもう15年前にはじけたんだぞ。お願いだから気づいてくれ」と思わず肩を掴まえて正気に戻らせてやりたくなる。 しかし彼の中の脳内バブルは弾けることもなく、今日も能天気でハイテンションなんだろうな、石田純一は。 ああ、馬鹿っていいよなぁ。わたしも能天気に大愚で生きたい。


災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。
死ぬ時節には、死ぬがよく候。

どんなことがあってもこういえる、そんな人間になりたいっつうのっっ。




……とかいっちゃって。
―――自分で書いときながら、石田純一という人間にこの評価は買い被りなのでは、とうっすら思っているというのは秘密だぜ。


2005.03.14
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