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久石譲 『illusion』

なぜか、歌謡ポップス

(1988.12.21/N32-702/NECアベニュー)

1.ZIN−ZIN 2.Night City 3.8 1/2の風景画 4.風のHighway 5.冬の旅人 6.オリエントへの曳航 7.ブレードランナーの彷徨 8.L'etranger 9.少年の日の夕暮れ 10.illusion


キャリアの長い人であればあるほど、意外な作品というものを作っていたりしますが、今回はそんなこのアルバムを紹介。 久石譲『Illusion』。

久石譲というと、たいてい現在のイメージでは、宮崎駿と北野武の映画の劇伴作曲家で、ピアノをしゃららーーって弾いて、バックではオーケストラがじゃじゃ―――んで、やたら煽情的に感動的、 みたいな音を作っているという感じですが、メジャーフィールドに出だしの頃というのはそうでもなかったのですよ。
メジャーのきっかけはやっぱり宮崎駿の「風の谷のナウシカ」からなんですが―――確か細野晴臣が音楽担当で決まっていたところを何がお気に召さなかったのか、宮崎監督は映画公開以前に出した「ナウシカ」イメージアルバムで作曲した久石に差し替えで大抜擢してという流れだっけ、あまり正確ではない、 その直後「Wの悲劇」音楽担当にも抜擢されて、以後しばらくは打ちこみメインのポップス系楽曲を作っていたという時期があるんですよ。
確か中島みゆきだとか中森明菜、石川秀美、立花理佐、今井美樹、和田加奈子なんかを担当していたと記憶している。 どれも、あまりシングルで取り上げられることなく、アルバムの一曲という感じで、さりげなくパーソネルに編曲家として彼の名前が載っていたり、 なんてのが80年代後半のポップス系のアルバムには、ちらちらとある。



という仕事の流れで、どういうわけか、このアルバムはなんと彼の今のところ唯一の「歌謡ポップスアルバム」なのだ。 これがなんか、面白い。
当時のポップス畑で仕事のノウハウから、ポップスというものがどういうものなのか、どういう音が流行りなのか、というのは充分すぎるほど知っていたんじやないかな。 っつーことで、このアルバムには1988年12月段階での「歌謡ポップス」というものへの彼なりの正解がつまっているようにみえる。 これが彼なりの"今の日本の歌謡ポップス"なんじゃないかな、と。
全体はAORを基調としているんだけれども、ともあれ聴いていると当時の音楽シーンというものが走馬燈のように過ぎる。

例えば「NIGHT CITY」など夜のドライビングにぴったりな角松敏生やら浜田金吾あたりのAORシティポップスだし―――オメガ・杉山清貴あたりの匂いもするぞ、 ワールドミュージックをごちゃごちゃ打ちこんだインスト「オリエントへの曳航」からもろエレポップな「ブレードランナーの彷徨」と来ると、すわTMネットワーク、と思わず浮き足立ってしまう――タイトルもTMっぽいしね。 面白いのがシングルになった「冬の旅人」で、一聴して来生たかおの歌う「楽園のDoor」?なのだが―――ストリングスの配し方が萩田光雄っぽい、 何度か聴いていると当時アイドルポップスで流行った擬似フレンチポップスモノ、松本伊代「さよならは私のために」だとか、河合その子の「雨のメモランダム」だとかも思い出したりする。 メロウなスローナンバー「風のHighway」だとか、「L'etranger」「少年の日の夕暮れ」とかになると、固有名詞を超えて非常に匿名性の高い、よくある80'S歌謡ポップスのひとつと化してしまう。
ちなみに作詞担当は松本一起、三浦徳子、冬杜花代子で、彼らのポップス然とした詞作がより一層匿名性を高めているということもいわなければならない。
思わず冗談だろうと、呟いたところにラストでなんとなくピアノインスト「illusion」が流れ、この盤は終わる。



ま、かくなるがごとく、良質で面白いんですが、なぁんでこんなアルバム出したんでしょうか。 全く企画意図が読めません。 たとえば、このアルバムがYMOの「浮気なぼくら」のように、歌謡ポップスに対するアイロニー乃至パロディーとして響いているのであればそれは納得するのであるが、まったくそんな気配もないし、 ふつーーに作って、ふつーに適度に情感こめて歌っているんですよ。彼。 だから、アーティストとしての彼という視点でこの作品を語ることが、まったくできないのよ。
本気とも冗談ともわからない。だから、なぁ――んもいえない。いいようがないのよ。 ほどほど上品な歌謡ポップスである。以上。と、しかいいようがない。
ホント、どういうつもりでこのアルバム作ったのか、教えてくださいよ、ってなもんで。 コンセプトはなにか、以後この方向で何をするつもりだったのか。 だってさぁ、この作品のあと、翌年、またボーカル中心のアルバム作ってるんだもん。 ―――ちなみにそのアルバム『Pretender』は「歌謡」がとれた「ポップス」で、歌詞は全部英語、詞担当はヒカルのパパ、宇多田照實氏でニューヨークで録音をして、おされなアーバンポップアルバムといった仕上りになっています。

ただ、決して悪くはないのよ、今の腰の据わりすぎた制作姿勢よかよっぽどこのアルバムの頃のほうが好きです。が、ねえ、ほんと、なんでなんだろ。
ちなみに彼の歌唱、酒飲んで呂律があまりまわってない来生たかおって感じです。 しかしなんで小室哲哉といい坂本龍一といい、作曲家ってどうしてこうも歌声がへろへろしてしまりがないのかねぇ。

2003.12.23

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