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明菜を支える"藤倉さん"


今回はちょっーーと、くだらない話。

「中森明菜」でGoogleで検索すると、1ページ目に来るサイトとして、 それなりに中森明菜のファンが見てらっしゃるという前提として、ちょっと聞いてみますが……。

「俺って結構詳しい明菜ファン」という方の語る明菜を支えるスタッフである(あった?)藤倉さん。 これ、ワーナーパイオニアの藤倉さんと、ユニバーサルの藤倉さんをごっちゃにしている方多くありません?
前々からずーーーっと、気になっていて、それこそ明菜がユニバーサルに移った2002年からひそかにずーーーっと気になっていて、 でもわたしも事情をよく知らないから、と黙っていたんだけれども、 でも「明菜を昔から支えていた藤倉さんだからぁ」なんて書きこみなんか見ると、ずっーーーーと、???だったわけで、 って、なんかこの話、云いにくいなぁ。

えーーーっとですね。ワーナー・パイオニアの藤倉さん、ワーナー時代の中森明菜の担当チーフ・ディレクターの藤倉さんは「藤倉克己」さん。
でもって、ユニバーサルの藤倉さん、ユニバーサル時代の明菜担当の宣伝部長の藤倉さんは「藤倉尚」さん。
このふたりを自称「詳しいファン」の皆さんは一緒にしていません?

そもそも制作バリバリで実績のこしてきた人が、いくら他社に移ったとしても宣伝部に回るか?そこで疑問に思わんか?とか、 それにもしそうなったとしても、現場で全盛期のおっとろしい明菜サマと膝つき合わせて制作していた人が、いくら宣伝にまわったからといってああいうあざとい宣伝戦略を明菜にかけるか、とか、 色んな視点において、このお二方を同一とみるのに、もうわたしは違和感バリバリだったのですよ。
ま、どうでもいいっちゃそうなんですけれども。そういう書きこみに「知ったかぶっこいてるんじゃねぇよ」とか、そんなこというつもりもなくって。や、わたしもよく事情は知らないからさぁ。 もしかしたら、その後名前変えて、宣伝に回ってああいうあざとい戦略で臨む人になったのかもしれないし(――って本当にそんなことあるのか?)。

ただ、わたしの知る限りによると藤倉尚さんって年齢が30代後半で、明菜よりも年下なわけで、その時点でなんか違うわけで、 もし藤倉尚さんも、ワーナーに在籍して明菜の宣伝なり何なりを担当していたいた事実があったとしても、 明菜を受け持った期間って相当短い、かつ本当に駆け出しの頃だけだと思うんですよね。

多分、この話はユニバーサル役員の寺林晃さんの話とぐっちゃぐっちゃになった結果なんじゃないかなぁ、とわたしは思ったりする。 寺林さんは79年から94年までワーナーに在籍していて、確か邦楽宣伝担当だったわけで(――あ、このへん自信ないです)、当時のワーナーの女王だった中森明菜と仕事しなかったということはまったくないわけで、 明菜がユニバーサルに移ったのも、彼の手引きなんじゃないかなぁ、と私は思っていたりする。 その前々年には同じく以前ワーナーにいたチャゲ&飛鳥がユニバーサルに移ったりしているしね。

"ワーナー時代のスタッフがユニバーサルに移って明菜とまた仕事をしている"っていうのはまさしく寺林さんだけの話であって、で、スタッフの名前に昔馴染みの「藤倉」って名前を見たもんだから、あるファンの方は勘違いしたんじゃないかなぁ、とわたしはずーーーっと思っていて、 いつまでも気になっていたので、書いみましたのですが……。
ともあれ、そこんとこ、どうよ。これは、あなたの勘違いなの?わたしの勘違いなの?どっち?
――ってまぁ、今となっては明菜は「Utahime Records」って独自レーベルを設立したわけで、これも話題的にはちょっと昔話なわけですけれどもね。

――あ、ちなみに藤倉克己さんはソニーMEにその後移ったとかどうとか、という話を聞いたり聞かなかったりしますが、よくわかりません。 ワーナー・パイオニアはパイオニアの資本が抜けて100%外資になった時に色々と人材が流出した感じだからなぁ。わかりませんです。


2005.06.06
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