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中森明菜 「フォーク・ソング 〜歌姫・抒情歌〜」 

(08.12.24/ユニバーサル)
cover
1. 私は泣いています
2. 『いちご白書』をもう一度
3. 雨の物語
4. さよならをするために
5. 想い出まくら
6. 22才の別れ
7. 冬が来る前に
8. 無縁坂
9. 時には母のない子のように
10. わかって下さい
11. 恋

(りりィ/りりィ/古池孝浩/りりィ)
(荒井由実/荒井由実/山田正人/バンバン)
(伊勢正三/伊勢正三/古池孝浩/イルカ)
(石坂浩二/坂田晃一/山田正人/ビリーバンバン)
(小坂恭子/小坂恭子/市川淳/小坂恭子)
(伊勢正三/伊勢正三/清水俊也/かぐや姫)
(後藤悦治郎/浦野直/市川淳/紙ふうせん)
(さだまさし/さだまさし/古池孝浩/グレープ)
(寺山修司/田中未知/山田正人/カルメン・マキ)
(因幡晃/因幡晃/酒井ミキオ/因幡晃)
(松山千春/松山千春/鳥山雄二/松山千春)


 「艶華」以来の一年半ぶりのニューアルバムは、またまたカバー。今度はフォークソングにトライ――というわけである。
  最初にカバーアルバムをリリースしたのが、94年の「歌姫」。 自殺未遂事件から端を発した長い長いトラブル(――この時は事務所・レコード会社の移籍に関する騒動になっていた)の最中にいて、歌手活動に萎縮していた中森明菜をリラックスさせるためにはじめた、 いわゆる「リハビリアルバム」であったと、記憶している。このアルバムの「好きな歌だけ、歌っていたい」というキャッチコピーは、当時の騒動に対する歌手・中森明菜としての、回答でもあったわけだ。
 再びのカバーアルバムは02年の「歌姫2」。これまた99年末に起こった当時の所属事務所、レコード会社からの「引退勧告騒動」から二年強のブランクを経て、メジャーへの再起を賭けて発売された、これもまた、つまりは「リハビリアルバム」であった。 この第二弾が異例のヒットを記録してから、彼女のカバーアルバムが頻発するようになったのは、ファンの皆さんならご存知の通り。結局、三枚の「歌姫」シリーズと、そのベスト(――新曲含む)が一枚。すべてをつめ込んだコンプリートボックス。そして07年夏の演歌カバーの「艶華」と、これだけのアイテムがリリースされた。そして再びトライ、という訳だ。
 08年はこのアルバムリリースまで、表立った一切の芸能活動がなかった中森明菜。一部報道では、喉のポリープ除去の手術を行ったと噂されている。では、再びの「リハビリアルバム」ということなのだろうか。 今回は今まで中森のカバーアルバムのサウンドプロデュースを行っていた千住明が勇退。 古池孝浩、山田正人、鳥山雄二、清水俊也といった、02年以来中森明菜のサウンドワークにおいて繋がりの深いハーフトーンミュージック所属のミュージシャンがそろってアレンジャーとしてペンを執っている。 スーパーバイザーには、このカバーシリーズにおいてはお馴染み佐々友成、川原伸司、両氏。エグゼクティブプロデューサーもいつもと同じく、ユニバーサルの寺林晃、藤倉尚、両氏。千住氏が抜けた以外は陣営のおおまかなところは変わっていない模様だが、さてはて、どのようなつくりになっているのか。



 一曲目「私は泣いています」のクリアで音の粒のたったアコースティックギターと、捨て鉢に吐き捨てるような明菜のざらっとした歌唱が実にブルージー、まるで萩原信義と組んでいた頃の70年代の浅川マキみたいなスケール感があり(――っていうか、りりィとマキはプロデューサー同じだったな)、おおぉっっ、今までの、ファルセットボイスと千住氏の華麗なオーケストレーションで彩られた繊細なカバーアルバムとは一味違うぞっ、と期待するのだが、二曲目「『いちご白書』をもう一度」で、ずっこけてしまった。 あああ、やっぱりこういう感じになってしまいますかぁぁぁ。
 その後も、貧乏臭く、しみったれた70年代の四畳半フォークの世界が次々と展開。 それらのいちいちが、中森明菜の世界とずれているように私には聞こえる。これは、よくない、よくないぞ。
 例えば、明菜の大好きユーミン作品の「『いちご白書』をもう一度」。 「就職が決まって 髪を切ってきたとき もう若くはないさと君に言い訳したね」という部分、学生運動の後の虚ろな70年代の空気――それを的確に表したこの曲の肝ともいえる部分、しかしそこを明菜は、へー、ふーん、という感じで、まったくの他人事で流している。
 万事がこう。明菜のこころが、歌に寄りそっていない。 これを歌いたいんだ、という思い、こんな風に表現したいんだ、という思い、が感じられない。 これらの歌から、新しいなにかを明菜は発見して、いない。 作品と明菜のあいだに精神交流がない。これらの歌を、慕わしいと思っていない。これではただの豪華なカラオケだ。



 なぜ中森明菜でフォークソングという企画が立ったのか。恐らく鍵は山口百恵だ。 「秋桜」や「いい日旅立ち」が百恵にべたハマリしたように、明菜で70'sフォークっていうのも、いいんでない? そんな風にスタッフの誰かは思ったのかもしれない――が、これは、大間違いだ。
 日本の70'sフォークの血が明菜に流れているか、否かというのは、83年に百恵・聖子勢の作家陣を揃えて制作したアルバム「NEW AKINA エトランゼ」での、谷村新司作品「感傷紀行」「覚悟の秋」で、既に答えは出ていたはずだ(――ろうが、その時のスタッフは今明菜の周りに居ないのだろうなぁ)。 中森明菜と山口百恵、なにかとよく似ているといわれた二人だが、おおきな違いが、ここにある。
 フォーク色の強い作家の手による明菜の成功作といえば「飾りじゃないのよ涙は」と「難破船」があるが、 井上陽水は当時既にテクノ・ニューウェーブ化していたし、お登紀さんの「難破船」にしても坂本教授やムーンライダースらと組んでニューウェーブ・トキコをしめした後に、シャンソン・ファドをベースにして作られたものだ。明菜のヒット曲のベースにあるものに、ドメスティックな70年代フォークってのは、実は、ほとんどないのだ。 現に「歌姫3」でカバーした「傘がない」――70年代フォークの代表ともいえる曲だけれども、これを明菜は70年代の空気をまったく無視して極めて個人的な性愛の歌に読み替えている。「秋桜」「愛染橋」などが成功したのも、明菜の百恵へのリスペクトがあったからこそ、だろう。
 この傾向は、明菜に限らず、このカバーアルバムシリーズの実質的なプロデューサーである川原伸司(平井夏美)氏もそうだ。 彼は典型的なビートルズ世代で、ドメスティックで泥臭いサウンドワークをよしとしないタイプのプロデューサーであり、ミュージシャンなのだ(――彼の関わった様々なアルバム……大滝詠一の「ロングバケーション」とか、井上陽水の「ハンサム・ボーイ」などを聞けばよくわかる)。
 中森明菜と川原伸司、ふたりが恐らく一番苦手なジャンルであろう「日本のフォークソング」をどのように料理するのか。それがこのアルバムのもうひとつのテーマと私は思って聞いていたが、やはり上手く決まらなかった。まぁ、おそらく、制作サイドではどうしようもない上部からの指示とか、あったんだろうがね、やっぱりダメですよ、これは。 楽曲にこびりついた湿っぽさをなんとかしようと空気がパキパキに乾いたロスまで行ってレコーディングしたのだろうけれども(――確かにアコギの音がやたら綺麗なんだよね、「22歳の別れ」とか「無縁坂」とか)、音質だけでは乗り越えられませんよ。
 明菜は確かに暗いけれども、貧乏ったらしくしみったれてはないもの。明菜は、暗い――けど、華麗でスリリングでエロティック、だものなぁ(――そういった意味では、千住明の壮麗なオーケストレーションはとてもいい相性だったのだなぁ)。
 ジャパニーズ・フォークがはまるのが百恵、はまらないのが明菜。百恵の色濃く持っていたフォークに親和性のあるボーカルの系譜は80年代アイドルにおいては、柏原芳恵が継承している、といっていい。 実際、柏原芳恵は07年にほぼ同じコンセプト、70〜80年代のフォーク色の強いヒットソングを集めたカバーアルバム「アンコール」をリリースしているが、こちらのほうが、当時の日本のフォーク特有の湿度にフィットし、歌に確かな手ごたえがある。 また同様に、研ナオコも「恋愛論」(81年)「Ago」(93年)とフォークカバーのアルバムを出しているが、これらと比べて、取り立てて明菜の「フォークソング」が秀でている、という部分を私は感じられなかった。
 ごく個人的に評価すれば、作家との精神交流が深いのだろう松山千春の「恋」が出色で素晴らしく、中森明菜のキャラクターと合致した「私は泣いています」もよいが、これ以外は、どうにも二番落ちというところ――明菜ちゃん、歌上手いねぇ、で終わってしまう出来だ。
 「好きな歌だけ、歌っていたい」――はたして、今、中森明菜は、そう云えるだろうか。この歌だから歌いたいのだ。そのような情念をこの二曲以外に、わたしは感じなかった。



 なぜ中森明菜のこれまでのカバーアルバムが素晴らしかったのか。それは、なにはともあれ、それらの歌を明菜が愛していたから、ではなかろうか。
 彼女のインタビューなどをつぶさに確認しているファンなら知っていることだろうが、彼女は幼少の頃から、実に多くの歌手を曲を知り、そして愛し、しかも自分なりに分析と解釈すらも、している。 百恵、ユーミンにはじまり、ジュリー、郷、聖子、ひばり、越路、矢沢、ドナ・サマー、カーペンターズなどなど、そのベースメントがあってこそ、「歌姫」は成立したのだ。しかし、明菜の数あるリスペクトシンガーの中に、今回取りあげた(千春以外の)フォーク歌手の名が挙がったのをわたしは聞いたことが、ない。
 中森明菜のカバーが悪いとは思わない。むしろ、率先してやるべきだと思う。世に埋もれた素晴らしい楽曲はジャンルに関係なく数限りなくあるし、中森明菜は、それを掘り起こし、今という時代に見合った形にリファインさせる作業に見合った、素晴らしい能力をもった歌手である、と、思う。とはいえそれは、魂がこもってこそ、だ。これでは明菜は鵜飼いの鵜だ。
 「知っているのは素晴らしい」とばかりによく知られたナツメロを、これまたよく知られた――しかし最近大きなヒットのない有名歌手に、鵜のように飲み込ませ、そして吐き出させる。 特にこれといった趣向もなく、歌手との相性や方向性も吟味されない。コンビニエンスな縮小再生産の繰り返し。 それは現在の日本のポップス界全体に漂う退潮のひとつの好例である。中森明菜が、その被害者になるのは(ファンのひとりとして)、いただけない。――そもそも、「歌姫」というアルバムは、当時のポップス界に漂っていたオリジナリティー至上主義へのアンチテーゼとして生まれた作品ではなかったか。最初の志から、このカバーアルバムは、大きくずれている。気骨がない。

 LP(アルバム)というものが売れず、よって制作費用がかけられなかった70年代前半以前の、日本の歌手のアルバムのほぼすべては、その場のヒット曲をかき集めてカバーしたアルバムか、ベストアルバムのどちらかであった。
 この風向きがかわったのが陽水・拓郎らのフォーク勢のアルバムのメガヒットであった。アルバムも世界観を明確に丁寧に作りあげ、プロモーションを綿密に組めば、シングルと同等か、それ以上にセルする。それが実証されて、日本でも70年代後半から名アルバムが次々と生まれるようになった。
 ――が、90年代後半の、シングル偏重の小室ブームに始まり、ベスト盤ブーム、カバーブーム、さらに音楽界の構造不況と立て続けに起こった今、ふたたびかつての場所へと回帰しようとしている。コンテンポラリーな音楽に、作家性や創造性、独自の世界観や感性を求めるのは、もはや時代遅れのことなのだろうか。


 それにしても、この企画で、中島みゆき・加藤登紀子・浅川マキ・山崎ハコ・森田童子あたりの、明菜とカラーの近い、暗さに実感のあるフォーク色の強いカリスマ女性シンガーを忌避するのは、これは恐らくスタッフの意地なんだろうな。
 カラオケだろうがなんだろうがかまいやしないと、売れることを第一目標にするなら、このあたりに飛びこめばいいのに。あるいは、全曲百恵とか、全曲みゆきとか、全曲80年代アイドルポップとか、ね。そういう超がつくほどわかりやすく下世話な、針の振り切った大衆迎合コンセプトのほうが、いっそすがすがしい。けど――次に待ち受けているのはムード歌謡カバーらしい。これまたびみょーな……。

2009.01.07
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