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中森明菜 「Dear Friend」

中森明菜が「90年代」であった一瞬

(1990.07.17/ワーナー・パイオニア)



 89年夏、中森明菜は自殺未遂をはかり、自らの歌謡界の女王としての命脈を完全に絶ったが、 彼女が歌謡曲の頂点であった時代は、彼女がそれを決意するより以前に、静かに終えようとしていた。
 女性アイドルのみに焦点をあわせても、88年、アイドル四天王と呼ばれた工藤静香・中山美穂・南野陽子・浅香唯が中森明菜のセールスに肉薄し、89年には、工藤静香とWinkが凌駕している。
 男性アイドルでは光GENJIが「STAR LIGHT」でのデビュー以来メガヒットを連発。 ロック・ニューミュージック部門まで視野を広げれば、時はまさにバンドブーム全盛で、女性では渡辺美里やプリンセスプリンセス、男性ではBOφWY、TMネットワークなどなど百花繚乱。
 確かにその中にあって中森明菜は依然女王たる品格と豪華な光彩を放ってはいたが、彼女の存在は時代の王道というよりも、「時代から離れても存在するなにか」となろうとしていた。
 楽曲・ジャケットデザイン・衣装・メイク・コスチュームすべてを総動員して、日本の「いま」というファンタジーを歌番組という場で作り出す「歌うトレンドセッター」としての当時の彼女の位置。それはいずれ誰かに譲らなければならないものであったし、その時は着々と近づいてきていた。 早晩、肥大した「中森明菜」というパプリックイメージをどこかの時点で一定のところまで収斂させなくてはならない。 そんな折の、あの事件であった。

 さて、復帰作の「Dear Friend」。90年代の幕開けとして聞くと、なるほど、首肯するものがある。
 この唄は清潔で、前向きで、自然で、日常で、健全な、同世代の女性への応援歌である。若い女性がカラオケで歌って、すんなり自己投影できるような、そういうつくりといっていい。
 ここに、かつての、ごってりと厚塗りのメイクを施し、この世ならざるファンタジーの世界を歌った明菜の姿はない。
 明菜とそのスタッフは、復帰をひとつの転機として「中森明菜」というパブリックイメージを大きく軌道修正しようとした。

 90年代、歌謡曲は歌番組からでなく、トレンディードラマからうまれるようになった。「ラブストーリーは突然に」「SAY YES」「君がいるだけで」「涙のキッス」……ドラマのBGMとして、様々な歌がヒットした。
 トレンディー・ドラマ、それは、手を伸ばせばとどきそうな、日常の延長線上にある、若き女性の「夢」の世界である。
 この「Dear Friend」は、その空気を敏感に察知したのか、そんなトレンディードラマの世界と、同調している。 例えば後に彼女が主演した「素顔のままで」のテーマとしてこの歌が起用されたとしてもまったく違和感がないほどだ。
 しかし、幸か不幸か、中森明菜はその道を進むことができなかった。それほどに、事件の影響は大きかった。 この90年代的、トレンディードラマ的、無味無臭的、人工的清潔さは、自殺未遂というあまりにも生々しいスキャンダルを起こした後の中森明菜にあって、多くの人は、から元気としかうつらなかった。

 もしあの事件を起こさなかったら、この中森明菜の転向は成功したのかもしれない。
 例えば、自らトレンディードラマに主演しつつ、それ見合った清潔でOL受けする、ただそれだけの歌を歌い、ヒットを連発しつづける、彼女が一時期あこがれた今井美樹のような、そういうアーティストに変化したかもしれない。 明菜が自殺未遂を起こすまで在籍していたプロダクションの研音は、90年代に数多くのトレンディードラマ向けの俳優・女優を輩出し、業界最大手の事務所に成長したことを鑑みても、その可能性はあった。
 とはいえそれは、現実とはならなかったもうひとつの世界である。

 90年代の中森明菜は、以降、同時代性・大衆性から大きく離れ、その歌に闇の気配を濃くし、血の匂いを濃くし、自らの深い業の世界を紡ぐようになっていく。 その中にあって、明らかに継子である「Dear Friend」のみが、その後の90年代の空気を良くも悪くも体現し、彼女の90年代最大のヒット(最高1位 54.8万枚)となったのは、皮肉としかいいようがない。

2008.07.10
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