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中森明菜 「あなたのポートレート」

(1982.07.01/ワーナー・パイオニア/32XL-103)

アルバム「プロローグ 〜序幕〜」より

1.あなたのポートレート    2.Bon Voyage 3.イマージュの翳り 4.条件反射 5.Tシャツ・サンセット 6.銀河伝説 7.スローモーション 8.A型メランコリー 9.ひとかけらのエメラルド 10.ダウンタウンすと〜り〜


 「あなたのポートレート」。
 「銀河伝説」「条件反射」などとともに、中森明菜のデビュー曲選考に最後まで残り ( もちろん「スローモーション」がそれを勝ち取る ) 、 さらにセカンドシングル選考でも最後まで「少女A」とその位置を争ったという。
 結局この曲はシングル化されることなく、記念すべきファーストアルバム「プロローグ」の一曲目を飾ることになったのだが、 もしセカンドシングルがこの曲だったとしても、一定の成功は収めていたのではないかな、と、わたしは思う。

 デビュー曲「スローモーション」は、最高位30位と決してヒットといえる数字はのこさかなかったが、しかしその二ヵ月後リリースされたアルバム「プロロ―グ」は初登場7位という高位置からスタートを切ることになった。 基本的にはシングルアーティストであるアイドルにあってこれは異例の結果といわざるを得ない。 ベスト20のヒットがひとつもないアイドルが、オリジナルアルバムでベスト10にインしたというのは、この時の中森明菜以外聞いたことがない ( 小泉今日子・堀ちえみ・河合奈保子らもシングルのベストテンランクインよりも、アルバムのベストテンランクインのほうが早かったが、彼女らはそのとき既にベスト20にランクインした小ヒットシングルを勝ち取っている)。
 それだけ「スローモーション」を聞いた多くのリスナーが、もっと彼女の作品を聞きたい。彼女の存在を、彼女の歌の世界を深く理解したいと思い、アルバムの発売を待ちわびていたわけである。
 「スローモーション」の世界は「是」としてリスナーとして受けいられていたこの状態において、 むしろその延長で同じ作家陣による「あなたのポートレート」をセカンドとして切ったほうが戦略として王道であったろう――と、思う。
 「スローモーション」→「あなたのポートレート」→「セカンドラブ」という流れのほうが、自然っちゃ自然だもんね。
 しかし、明菜陣営はその安全策をとることはなかった。

 もし「あなたのポートレート」をセカンドシングルとしていたら、中森明菜のその後は違っていたかもしれない。
 来生作品をはじめとする、上品なポップスを可愛らしく歌う、さながら歌唱力のある南野陽子や斉藤由貴といったあたりの、深窓の令嬢のようなアイドルとして展開した可能性もある。 一番近いのが、岩崎宏美のラインだろうか。
 ツッパリというレッテルを貼られることもなかったろうし、松田聖子のライバルとも、山口百恵の再来と呼ばれることも、そして80年代を代表するスーパースターにもならなかっただろう。

 とはいえ、中森明菜が明朗で品のあるバラード歌手のままでいられるほどおとなしいタマではなかった――というのが実際。
 彼女の家庭環境や、デビューに関して彼女がスタッフにぶつけた様々なわがまま――( 事務所の与えた芸名を拒否したり、担当マネージャーをころころ変える。自分を歌手として扱わない雑誌取材を拒否。また与えられた楽曲を自分のイメージではないと反論、さらにわざわざ出身中学に兄弟と一緒に赴き、デビュー候補曲を後輩生徒に聞かせ、マーケティング調査を行った――というところは既に明菜のセルフプロデュース志向が垣間見える) それらは既にこの時点で「お嬢様」というイメージからはほど遠いものであった。

 それはこの「あなたのポートレート」を聞いてもよくわかる。
 サビの「あなたのポートレート」と歌う、このフラット気味のなまめいた低音。
 ここに「少女」というにはとてもへビーな肉の重み、生々しい実存感が漂っている。

 可愛い可愛い、だけじゃない、なにか。
 この中森明菜に漂っていた大器の予感に、「ツッパリ」というアイコンを与えたスタッフの読みは、大きな成果を出す。 時代の中でぽっかりと空位だった聖子のライバル・百恵の後継という役割に見事にはまった中森明菜は時代の寵児となる。
 とはいえそれは本人が望んだことであったかどうか、というのは、まったくの不明である。 彼女は「少女A」をはじめ「1/2の神話」「禁区」など、一連のツッパリソングを好きだと公言したことは、実は一度もないのだ。
 もし中森明菜がデビュー時点で楽曲選定に大きな力を持っていたら(――そんなことは100%ありえないのだが)、おそらくセカンドシングルは「あなたのポートレート」を選んでいたことだろう。

2007.09.11
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