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明菜よもやま話 その4 「フリ」


中森明菜の大きな魅力のひとつ、それが歌唱時のダンス、いわゆる「フリ」である。

佐野元春は「少女A」のフリを「オーソドックスなもののなかにプログレッシブなものがある」と誉め、 井上陽水も「ダンスのことはわからないが独特のものがあり、特異だ」と、彼女のフリから彼女に興味を持ち、珍しくテレビ出演するその相手に彼女を指名した。
また、つかこうへいは「直感だけで踊っている」とも語った。

明菜は自身で振りつけをしているという。
そういわれなくてもファンならわかる。
彼女のフリはその時々で変化する。
なかには「禁区」のサビ部分のフリのように途中で大きく変えるものもあるし、大体の歌のフリは最初の発表時と比べると少しずつ変わっていく。
大体大まかな流れで言うと、最初「夜ヒット」などで初披露する頃は全体のフォームはあるものの細かい形が決まっていない、それが、時を経てこなし、「ザ・ベストテン」で1位陥落し、ランクが下がる頃になると完全に出来上がるという感じだったと思う。

もちろん一回固まったものがそのままということはまずなく、以後コンサートなどで披露する場合も基本は変わらないものの、やはり細かい2、3の点は多少変わっている。
それも、単に出来上がったものを崩すというわけではなく―――よくアイドル上がりの歌手が当時の歌を歌う時にそんな風にこなしたりするのが多い、きちんと今のベストの形で攻めてくる。
フリも自身の歌世界の中での重要な武器であるということを知っているのだろう。
だからやっぱり私は明菜から眼を放せない。

個人的に一番好きなのは「Blonde」のフリだ。
これは例えば「Desire」のような派手なフリではないのだが、私にはまったくフリの流れがわからない。
全体のイメージとしては蛇のように体をくねらせ身をよじりながら歌っている明菜なのだが、じゃあやってみろといわれると全然できない。
これは何度テレビなどで見ても動きが把握できない。
特に間奏部分の動きなど、その時その時でほとんど違うのではと思える。
「TATTOO」の間奏部分などもそうだ。
毎回毎回違っていて、本当に直感だけで踊っているように見える。
だからといって、フリの「色」のようなものはまったく変わらないのだから凄い。
間違いのない直感だけに頼ったダンスなわけである。

深化したフリとしては2002年コンサートの「ジプシー・クイーン」のフリが良い。
86年リリース時はラストの腕を胸の前で交差して軽く仰け反らせるというフリしかなく、顔を横向きにさせたり振り返ったり手を広げたりといった所作もあったが形として決まっていなかった。それがこのコンサートではそれらが一つにまとまりばしっと決まっている。
そしてラストののけぞる部分はそれこそ体が逆Uの字になるほどくたっと曲がっていて、アクロバティックなのだが、それがとても妖艶で良いのだ。

もし明菜が中島みゆきの「夜会」や沢田研二の「ACT」、谷山浩子の「幻想図書館」のようなモノを演るとしたらバレエ+オペラのような歌って踊る芝居仕立てがいいと思う。
具体的にいえば2002年のコンサートで言えば、「Siesta」のようなのを発展的に全編でやればいい。
あの「Siesta」はよかった。物語があった。ロマンがあった。


2003.10.23


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